これは無料プレビューです ── 全八十一難の全文注解は購読でご覧いただけます。
難経八十一難 デジタル注解
この難は無料の見本として全文(底本・諸版・三つの視点)を公開しています。他の難の全文注解は購読でご覧いただけます。

第十五難 四時の脈(弦鉤毛石)と胃気

底本(難経本義・滑寿)

原文

經言春脈弦,夏脈鉤,秋脈毛,冬脈石,是王脈耶?將病脈也? 然:弦鉤毛石者,四時之脈也。春脈弦者,肝東方木也,萬物始生,未有枝葉,故其脈之來,濡弱而長,故曰弦。夏脈鉤者,心南方火也,萬物之所茂,垂枝布葉,皆下曲如鉤,故其脈之來疾去遲,故曰鉤。秋脈毛者,肺西方金也,萬物之所終,草木華葉,皆秋而落,其枝獨在,若毫毛也,故其脈之來,輕虛以浮,故曰毛。冬脈石者,腎北方水也,萬物之所藏也,盛冬之時,水凝如石,故其脈之來,沉濡而滑,故曰石。此四時之脈也。 如有變奈何? 然:春脈弦,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內。氣來厭厭聶聶,如循榆葉曰平,益實而滑,如循長竿曰病,急而勁益強,如新張弓弦曰死。春脈微弦曰平,弦多胃氣少曰病,但弦無胃氣曰死,春以胃氣為本。 夏脈鉤,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內。其脈來累累如環,如循琅玕,曰平,來而益數,如雞舉足者曰病。前曲後居,如操帶鉤曰死。夏脈微鉤曰平,鉤多胃氣少曰病,但鉤無胃氣曰死。夏以胃氣為本。 秋脈毛,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內。其脈來藹藹如車蓋,按之益大曰平。不上不下,如循雞羽曰病,按之蕭索,如風吹毛曰死。秋脈微毛曰平。毛多胃氣少曰病,但毛無胃氣曰死,秋以胃氣為本。 冬脈石,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內,脈來上大下兌,濡滑如雀之喙曰平,啄啄連屬,其中微曲曰病。來如解索,去如彈死曰死。冬脈微石曰平,石多胃氣少曰病,但石無胃氣曰死,冬以胃氣為本。 胃者,水穀之海,主稟四時,皆以胃氣為本,是謂四時之變病,死生之要會也。脾者,中州也,其平和不可得見,衰乃見耳,來如雀之啄,如水之下漏,是脾衰見也。

書き下し文

經に言ふ、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、將た病脈なるか。

然り、弦鉤毛石は、四時の脈なり。春脈の弦なるは、肝は東方の木なり、萬物始めて生じ、未だ枝葉有らず、故に其の脈の來たるや、濡弱にして長し、故に弦と曰ふ。夏脈の鉤なるは、心は南方の火なり、萬物の茂る所、枝を垂れ葉を布き、皆下に曲がること鉤のごとし、故に其の脈の來たること疾く去ること遲し、故に鉤と曰ふ。秋脈の毛なるは、肺は西方の金なり、萬物の終はる所、草木の華葉、皆秋にして落ち、其の枝獨り在ること毫毛のごとし、故に其の脈の來たるや、輕虛にして以て浮く、故に毛と曰ふ。冬脈の石なるは、腎は北方の水なり、萬物の藏まる所なり、盛冬の時、水凝りて石のごとし、故に其の脈の來たるや、沉濡にして滑なり、故に石と曰ふ。此れ四時の脈なり。

如し變有らば奈何。

然り、春脈は弦なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。氣の來たること厭厭聶聶として、榆葉を循づるがごときを平と曰ひ、益ます實にして滑、長竿を循づるがごときを病と曰ひ、急にして勁く益ます強く、新たに張れる弓弦のごときを死と曰ふ。春脈微かに弦なるを平と曰ひ、弦多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ弦のみにして胃氣無きを死と曰ふ。春は胃氣を以て本と為す。

夏脈は鉤なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。其の脈の來たること累累として環のごとく、琅玕を循づるがごときを平と曰ひ、來たりて益ます數なること、雞の足を舉ぐるがごとき者を病と曰ひ、前は曲がり後は居して、帶鉤を操るがごときを死と曰ふ。夏脈微かに鉤なるを平と曰ひ、鉤多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ鉤のみにして胃氣無きを死と曰ふ。夏は胃氣を以て本と為す。

秋脈は毛なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。其の脈の來たること藹藹として車蓋のごとく、之を按じて益ます大なるを平と曰ひ、上らず下らず、雞羽を循づるがごときを病と曰ひ、之を按じて蕭索たること、風の毛を吹くがごときを死と曰ふ。秋脈微かに毛なるを平と曰ひ、毛多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ毛のみにして胃氣無きを死と曰ふ。秋は胃氣を以て本と為す。

冬脈は石なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。脈の來たること上は大に下は兌く、濡滑にして雀の喙のごときを平と曰ひ、啄啄として連屬し、其の中微かに曲がるを病と曰ひ、來たること解索のごとく、去ること彈石のごときを死と曰ふ。冬脈微かに石なるを平と曰ひ、石多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ石のみにして胃氣無きを死と曰ふ。冬は胃氣を以て本と為す。

胃は水穀の海にして、四時を主稟し、皆胃氣を以て本と為す、是れを四時の變病、死生の要會と謂ふなり。脾は中州なり、其の平和は見ることを得べからず、衰へて乃ち見るるのみ、來たること雀の啄むがごとく、水の下に漏るるがごときは、是れ脾の衰の見るるなり。

現代語訳

古典に「春の脈は弦、夏の脈は鉤、秋の脈は毛、冬の脈は石」とあるが、これは旺盛(正常)な脈か、それとも病的な脈か。――答える。弦・鉤・毛・石は四季それぞれの脈である。春脈が弦なのは、肝は東方の木で、万物が生じ始めてまだ枝葉がない時期にあたり、脈の来かたが柔らかく弱くて長いので弦という。夏脈が鉤なのは、心は南方の火で、万物が茂り枝葉が垂れ下がって鉤のように下に曲がる時期にあたり、脈は来るのが速く去るのが遅いので鉤という。秋脈が毛なのは、肺は西方の金で、草木の花葉が秋に落ちて枝だけが毫毛のように残る時期にあたり、脈の来かたが軽く虚ろで浮くので毛という。冬脈が石なのは、腎は北方の水で、万物が蔵まり厳冬に水が石のように凝る時期にあたり、脈の来かたが沈んで柔らかく滑らかなので石という。これが四季の脈である。――もし変調があればどうか。――春脈は弦だが、それに反するものが病である。反とは何か。脈気の来かたが実して強いのを太過といい、病は外(表)にある。来かたが虚して微かなのを不及といい、病は内にある。脈気の来かたが穏やかでゆったりと、楡の葉をなでるようなのを平(正常)とし、いっそう実して滑らかで長い竿をなでるようなのを病とし、急で堅く張り、新たに張った弓弦のようなのを死とする。春は微かに弦なのを平、弦が多く胃気が少ないのを病、ただ弦だけで胃気のないのを死とする。春は胃気を根本とする。夏脈は鉤だが、これに反するものが病である。来かたが実強なのを太過(病は外)、虚微なのを不及(病は内)とし、脈が連なって輪のように、玉(琅玕)をなでるようなのを平、いっそう速く鶏が足を上げるようなのを病、前は曲がり後は居座って帯の鉤を握るようなのを死とする。夏は微かに鉤を平、鉤が多く胃気が少ないのを病、ただ鉤だけで胃気のないのを死とし、胃気を本とする。秋脈は毛だが、反するものが病。実強は太過(外)、虚微は不及(内)で、ふわふわと車の蓋のようで按ずるとさらに大きいのを平、上りも下りもせず鶏の羽をなでるようなのを病、按ずると寂しく散って風が毛を吹くようなのを死とする。秋は微かに毛を平、毛が多く胃気が少ないのを病、ただ毛だけで胃気のないのを死とし、胃気を本とする。冬脈は石だが、反するものが病。実強は太過(外)、虚微は不及(内)で、上は大きく下はとがり、柔らかく滑らかで雀のくちばしのようなのを平、つつくように連続して途中で微かに曲がるのを病、来るのが縄をほどくよう・去るのが石をはじくようなのを死とする。冬は微かに石を平、石が多く胃気が少ないのを病、ただ石だけで胃気のないのを死とし、胃気を本とする。胃は水穀の海で四季のすべてを主り、いずれも胃気を根本とする。これが四季の変調による病、生死の要となる集まりである。脾は中央(中州)であり、その平和な脈は現れず、衰えて初めて現れる。脈が雀のついばむよう、水が下に漏れるようなのは、脾が衰えて現れたものである。

底本第十五難
底本 難経本義(滑寿)(rb00004596)該当頁
クリックで高精細(IIIF)

諸版の解釈(20版)

各版の該当箇所を、出典・原文・書き下し・現代語訳とともに示す(クリックで展開)。黄色は重要語。各版の色は版の系統を表し、下段「三つの視点」の色付き文献名をクリックすると、その根拠となった版が開きます。

系統別の色分け:底本・本義系(滑寿)中国注釈・注家系図説・韻文・仮名等江戸考証学系論争・独自解釈系和刻抄物・講義系
rb00004596難経本義 2巻(底本)/滑寿(滑伯仁)

出典:難経本義 2巻(底本)(版本 rb00004596・滑寿(滑伯仁))

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者、肝東方木也、萬物始生、未有枝葉、故其脈之來濡弱而長、故曰弦。夏脈鉤者、心南方火也、萬物之所茂、垂枝布葉、皆下曲如鉤、故其脈之來疾去遲、故曰鉤。秋脈毛者、肺西方金也、萬物之所終、草木華葉皆秋而落、其枝獨在若毫毛也、故其脈之來輕虛以浮、故曰毛。冬脈石者、腎北方水也、萬物之所藏也、盛冬之時水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。如有變奈何。然、春脈弦、反者爲病、其氣來實強是謂太過病在外、氣來虛微是謂不及病在內。氣來厭厭聶聶如循榆葉曰平、益實而滑如循長竿曰病、急而勁益強如新張弓弦曰死。春脈微弦曰平、弦多胃氣少曰病、但弦無胃氣曰死、春以胃氣爲本。(夏鉤・秋毛・冬石も各々平病死を同例に説く。)胃者水穀之海、主稟四時、皆以胃氣爲本、是謂四時之變病、死生之要會也。脾者中州也、其平和不可得見、衰乃見耳、來如雀之啄、如水之下漏、是脾衰見也。 〔滑壽注〕此内經平人氣象・玉機眞藏論、參錯其文而爲篇也。春脈弦者肝主筋、應筋之象。夏脈鉤者心主血脈、應血脈來去之象。秋脈毛者肺主皮毛、冬脈石者腎主骨、各應其象、兼以時物之象取義也。來疾去遲、劉立之曰、來者自骨肉之分而出於皮膚之際、氣之升而上也。去者自皮膚之際而還於骨肉之分、氣之降而下也。如有變奈何、脈逆四時之謂變。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは、肝は東方の木、万物始めて生じ未だ枝葉あらず、故に其の脈の来たるや濡弱にして長し、故に弦と曰う。夏脈の鉤なるは、心は南方の火、万物の茂る所、枝を垂れ葉を布き皆下に曲がること鉤のごとし、故に其の脈の来たること疾く去ること遅し、故に鉤と曰う。秋脈の毛なるは、肺は西方の金、万物の終わる所、枝独り在ること毫毛のごとし、故に其の脈の来たるや軽虚にして浮く、故に毛と曰う。冬脈の石なるは、腎は北方の水、万物の蔵まる所、盛冬に水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。如し変あらば奈何。然り、春脈は弦、反する者を病と為す。其の気の来たること実強なるを太過と謂い病外に在り、気の来たること虚微なるを不及と謂い病内に在り。気の来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と曰い、益ます実にして滑、長竿を循づるがごときを病と曰い、急にして勁く益ます強く、新たに張れる弓弦のごときを死と曰う。春脈微かに弦なるを平と曰い、弦多く胃気少なきを病と曰い、但だ弦のみにして胃気無きを死と曰う。春は胃気を以て本と為す。(夏の鉤・秋の毛・冬の石も各々平・病・死を同例に説く。)胃は水穀の海にして四時を主稟し、皆胃気を以て本と為す、是れを四時の変病、死生の要会と謂うなり。脾は中州なり、其の平和は見るを得べからず、衰えて乃ち見るるのみ、来たること雀の啄むがごとく、水の下に漏るるがごときは、是れ脾の衰の見るるなり。

〔滑寿注〕此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して篇と為すなり。春脈の弦なるは肝は筋を主り筋の象に応ず。夏脈の鉤なるは心は血脈を主り血脈来去の象に応ず。秋脈の毛なるは肺は皮毛を主り、冬脈の石なるは腎は骨を主り、各おの其の象に応じ、兼ねて時物の象を以て義を取るなり。来疾去遅は、劉立之曰く、来たるとは骨肉の分より出でて皮膚の際に至る、気の升りて上るなり。去るとは皮膚の際より還りて骨肉の分に至る、気の降りて下るなり。変とは脈の四時に逆らうを謂うなり。

現代語訳

古典に春の脈は弦・夏は鉤・秋は毛・冬は石とあるが、これは正常な脈か病的な脈か。答える。弦鉤毛石は四季の脈である。春が弦なのは肝が東方の木で、万物が生じ始めまだ枝葉のない時期にあたり、脈が柔らかく弱く長いから。夏が鉤なのは心が南方の火で、枝葉が垂れ下がり鉤のように曲がる時期にあたり、脈は来るのが速く去るのが遅いから。秋が毛なのは肺が西方の金で、葉が落ち枝だけが毫毛のように残る時期にあたり、脈が軽く浮くから。冬が石なのは腎が北方の水で、水が石のように凝る時期にあたり、脈が沈んで柔らかく滑らかだから。これが四季の脈である。変調があればどうか。春は弦だが、それに反するものが病である。脈気が実して強いのを太過といい病は表に、虚して微かなのを不及といい病は裏にある。脈がゆったりと楡の葉をなでるようなのを平、いっそう実して滑らかで長竿をなでるようなのを病、堅く張って新しい弓弦のようなのを死とする。微かに弦なのを平、弦が多く胃気の少ないのを病、ただ弦だけで胃気のないのを死とし、春は胃気を根本とする。夏の鉤・秋の毛・冬の石も同様に平・病・死を説く。胃は水穀の海で四季すべてを主り、いずれも胃気を根本とする。これが四季の変調による病、生死の要である。脾は中央で、その平和な脈は現れず衰えて初めて現れる。脈が雀のついばむよう、水が漏れるようなのは脾の衰えが現れたものである。

滑寿は注して、本篇は『素問』平人気象論・玉機真蔵論の文を交ぜ合わせて作ったものとし、春の弦は肝が筋を主るので筋の象、夏の鉤は心が血脈を主るので血の来去の象、秋の毛は肺が皮毛を、冬の石は腎が骨を主る象で、あわせて季節と万物の象から意味を取ると説く。劉立之の「来は気が骨肉から皮膚へ昇るもの、去は皮膚から骨肉へ降るもの」の説を引き、「変とは脈が四時に逆らうこと」と述べる。

立場

滑寿注の底本。本篇を『素問』平人気象論・玉機真蔵論の文を参錯して成ったものとし、肝は筋・心は血脈・肺は皮毛・腎は骨に応じ、時物の象を兼ねて取義すると整理する。劉立之の脈の来去(気の昇降)説を引き、脈が四時に逆らうを「変」とし、四季いずれも胃気を本とする趣旨を簡潔に示す。

rb00022829・rb00019980・rb00004595・rb00004577難経本義 2巻(異版・頭注付本・抄録本を含む)/滑寿(滑伯仁)

出典:難経本義 2巻(異版・頭注付本・抄録本を含む)(版本 rb00022829・rb00019980・rb00004595・rb00004577・滑寿(滑伯仁))

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者肝東方木也……冬脈石者腎北方水也、盛冬之時水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。(以下平病死・胃氣・脾衰の文は底本に同じ。) 〔異文・頭注〕rb00022829は滑注を「兼以時物之象取譬也」と作る。rb00019980は欄外に頭注を付し、評林を引きて「王脈者即七難少陽之至乍大乍小等語、病脈者即九難數則爲熱遲則爲寒之謂、四時脈者正此難春弦夏鉤秋毛冬石之謂也」とし、また「此篇與内經互有異同、越人欲使脈之易曉、重立其義爾」「來而益數如雞舉足者曰病、雞踐地形容其輕而緩、雞舉足形容脈來實而數、踐地與舉足不同」等の俗解・評林を載せる。rb00004595は玉機眞藏論を引きて「肝脈太過則令人善忘忽忽眩冒巔疾、其不及則令人胸痛引背……此岐伯之言、越人之意蓋本諸此」と各臓の太過不及症候を注し、「濡滑如雀之喙」に作り、脾注に「雀啄者脈來至數急而斷絶不定、屋漏者脈至緩散動而復止」と説く。rb00004577は「干」を「於」に作る上巻のみの抄録本。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木なり……冬脈の石なるは腎は北方の水なり、盛冬の時水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。(以下、平病死・胃気・脾衰の文は底本に同じ。)

〔異文・頭注〕rb00022829は滑注を「兼ねて時物の象を以て譬えを取る」と作る。rb00019980は頭注に評林を引き、「王脈とは即ち七難の少陽の至り乍ち大乍ち小等の語、病脈とは即ち九難の数なれば熱と為し遅なれば寒と為すの謂、四時脈とは正に此の難の春弦夏鉤秋毛冬石の謂なり」とし、また「此の篇は内経と互いに異同あり、越人は脈を曉り易からしめんとし、重ねて其の義を立つるのみ」「来たりて益ます数なること雞の足を挙ぐるがごときを病と曰う、雞の地を踐むは其の軽くして緩なるを形容し、雞の足を挙ぐるは脈来の実にして数なるを形容す、踐地と挙足とは同じからず」等の俗解・評林を載せる。rb00004595は玉機真蔵論を引き、「肝脈太過なれば則ち人をして善く忘れ忽忽として眩冒し巔疾せしむ、其の不及なれば則ち人をして胸痛みて背に引かしむ……此れ岐伯の言、越人の意蓋し諸に本づく」と各臓の太過不及の症候を注し、「濡滑にして雀の喙のごとし」に作り、脾注に「雀啄とは脈の来至の数急にして断絶し定まらざるなり、屋漏とは脈至緩散し動きて復た止まるなり」と説く。rb00004577は「干」を「於」に作る上巻のみの抄録本。

現代語訳

本文と滑注は底本と共通し、内容は「弦鉤毛石は四季の脈、太過は病が表・不及は病が裏、胃気を本とする」で一致するが、版ごとに細部の異同がある。rb00022829は滑注を「時物の象から意味を取る」でなく「譬えを取る」と記す。rb00019980は評林・俗解を引く頭注を備え、王脈は七難の乍大乍小の脈、病脈は九難の遅数(寒熱)の脈、四時脈こそ本難の弦鉤毛石だと整理し、本篇は内経と異同があり越人が脈を分かりやすくするため重ねて義を立てただけだと説き、夏の病脈「雞の足を挙げる」を「雞が地を踏む(軽く緩やか)」と対比して脈の実数を形容する。rb00004595は玉機真蔵論を引いて肝・心・肺・腎それぞれの太過・不及の症候を注記し、これは岐伯の言で越人の意はこれに基づくとし、冬平脈を「雀の喙」と作り、脾の死脈を「雀啄は脈が急で断続し定まらぬもの、屋漏は緩散して動いてまた止まるもの」と説明する。rb00004577は「干(犯す)」をすべて「於」と作る上巻のみの抄録本である。

立場

同一著作(滑寿『難経本義』)の異版群。本文・滑注は底本と共通するが、rb00022829は「取義→取譬」の異文、rb00019980は評林・俗解を引く頭注(王脈=七難・病脈=九難・内経との異同・雞踐地/舉足の対比)、rb00004595は玉機真蔵論の太過不及症候の注と脾の雀啄・屋漏の解を付し「雀之喙」に作り、rb00004577は「干→於」の上巻抄録本という差がある。

rb00020118醫學統宗 難經本義補遺 2巻/滑寿(滑伯仁)注/補遺者未詳

出典:醫學統宗 難經本義補遺 2巻(版本 rb00020118・滑寿(滑伯仁)注/補遺者未詳)

原文

十五難曰、經言春脉弦、夏脉鈎、秋脉毛、冬脉石、是王脉耶、將病脉也。然、弦鈎毛石者、四時之脉也。春脉弦者肝東方木也……冬脉石者腎北方水也、盛冬之時水凝如石、故其脉之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脉也。(以下、平病死・胃氣・脾衰の文は本義に同じ。) 〔頭注〕一滑氏曰、此内經平人氣象・玉機眞藏論參錯其文而爲一篇也。一陽曰、春夏秋冬四時之陰陽、假外象以象脉之形狀、槩言四時之脉是如此形狀爲安位得宜、脉與天地四時生長收藏一氣運用、言醫者必先歲氣、信矣。越人又重言此四時之脉也、可見南北政逐年運氣主客勝復、不拘於此。一陽曰、八難謂寸口脉平而死也、是重在尺上說。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鈎毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木なり……冬脈の石なるは腎は北方の水なり、盛冬の時水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。(以下、平病死・胃気・脾衰の文は本義に同じ。)

〔頭注〕一に滑氏曰く、此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して一篇と為すなり。一に陽曰く、春夏秋冬四時の陰陽は、外象を仮りて以て脈の形状を象る、概ね四時の脈は是くのごとき形状にして位に安んじ宜しきを得と言う、脈は天地四時の生長収蔵と一気の運用なり、医者は必ず先ず歳気を知るべしと言う、信なり。越人又た重ねて此れ四時の脈なりと言う、南北政・逐年の運気・主客の勝復は此れに拘らざるを見るべし。一に陽曰く、八難は寸口の脈平にして死すと謂う、是れ重きを尺の上に在いて説くなり。

現代語訳

本文と滑注は本義に同じで、この版の特色は「一滑氏」「一陽」らの頭注にある。滑氏の説として本篇が素問の平人気象論・玉機真蔵論を参錯して成ったことを引くほか、「一陽」は、四季の陰陽は外の象を借りて脈の形状を象るもので、脈は天地四時の生長収蔵と同じ一気のはたらきだから、医者はまず歳気(その年の気運)を知るべきだと述べる。さらに越人が重ねて四時の脈を説くのは、南北政や毎年の運気の主客・勝復がこの一律には拘束されないことを示すためだとし、八難が寸口の脈が平でも死ぬと言うのは尺に重点を置いた説だと補足する。

立場

明・医学統宗系の本義補遺本。滑注に加え「一陽」「一滑氏」の頭注を付す。四時の脈は外象を仮りて脈形を象るもので天地四時の一気運用に応ずるとし、医者はまず歳気を知るべきこと、南北政や逐年の運気の主客勝復はこの図式に拘らぬことなど、運気論的視点を補うのが特色。

rb00013401難経本義/滑寿(滑伯仁)注/和刻・図解付本

出典:難経本義(版本 rb00013401・滑寿(滑伯仁)注/和刻・図解付本)

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者肝東方木也、萬物始生、未有枝葉、故其脈之來濡弱而長、故曰弦……冬脈石者腎北方水也、水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。 〔頭注・独自解〕按、春弦夏鉤秋毛冬石、古今註家大率苟且置過、未深究其立名之本旨、不能使學者參此法于實際施用、故皆看爲無用之空談。蓋春弦、陽氣將張陰氣猶半、陰陽平等、不上不下、如循弓弦是也。夏鉤者、言常鉤狀、所謂前曲後距如循帶鉤者是也、陽盛之極也。秋毛、當爲鳥毛之象、夏時鉤脈從陽之稍降而其象漸小無力、仍帶前曲後距之狀而成鳥毛之象、比之鳥毛之微曲輕軟也。至冬石、則陽氣斂降内實而沈重、推而按之初應指而有力、與夏鉤之外盛穹隆者正恰成反對、故以石爲喩、比之石之沈水中也。此四者古人設譬、喩人身陰陽四時消長進退之法、立象標名、使學者臨病以此爲準則、以爲斟酌寒熱虛實之尺度也。今又掲其圖于左、使學者一目了悟。(図に春弦=不浮不沈陰陽平等、夏鉤=陽氣怒張隆盛・前曲後距、秋毛=陽氣將降仍帶夏鉤前曲後距之象故喩鳥毛之微偃輕軟、冬石=陽全斂内實沈重・比石沈水下 を示す。)

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木、万物始めて生じ未だ枝葉あらず、故に其の脈の来たるや濡弱にして長し、故に弦と曰う……冬脈の石なるは腎は北方の水、水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。

〔頭注・独自解〕按ずるに、春弦・夏鉤・秋毛・冬石は、古今の注家おおむね苟且に置過し、未だ其の立名の本旨を深く究めず、学者をして此の法を実際の施用に参ぜしむること能わず、故に皆無用の空談と看做す。蓋し春弦は、陽気将に張らんとして陰気猶お半ば、陰陽平等にして上らず下らず、弓弦を循づるがごとし。夏鉤は、常の鉤状を言う、いわゆる前は曲がり後は距りて帯鉤を循づるがごとき、陽盛の極なり。秋毛は当に鳥毛の象たるべし、夏の鉤脈の陽に従いて稍や降り、其の象漸く小にして力なく、仍お前曲後距の状を帯びて鳥毛の象を成す、鳥毛の微曲軽軟に比するなり。冬石に至れば、則ち陽気斂降し内実にして沈重、推して之を按ずるに初めて指に応じて力あり、夏鉤の外盛穹隆なる者と正に恰も反対を成す、故に石を以て喩え、石の水中に沈むに比するなり。此の四者は古人の設けたる譬え、人身の陰陽四時消長進退の法を喩え、象を立て名を標し、学者をして病に臨みて此れを準則とし、寒熱虚実を斟酌する尺度と為さしむるなり。今また其の図を左に掲げ、学者をして一目に了悟せしむ。

現代語訳

本文は本義に同じだが、この版は独自の解と図解に特色がある。頭注で、従来の注家は弦・鉤・毛・石という名の本当の意味を深く究めず実地に役立てられないため無用の空論としてしまうと批判し、四脈を人身の陰陽四時の消長進退を象る譬喩として説き直す。春弦は陽気が張り出そうとして陰気がなお半ばの陰陽平等で、上りも下りもせず弓弦をなでるよう。夏鉤は前が曲がり後が反った帯の鉤をなでるようで陽盛の極み。秋毛は夏の鉤脈が下降して小さく力なくなり、なお前曲後距の名残を帯びて鳥の毛のように微かに曲がり軽く柔らかい。冬石は陽気が完全に収まって内が実し沈み重く、押して初めて力強く応じ、夏鉤の外に盛り上がるのと正反対なので石にたとえ、石が水中に沈むさまに比す。これら四つは古人が人身の陰陽四時の進退を教えるために立てた象で、病に臨む際の寒熱虚実を測る尺度だとし、左に図を掲げて一目で分かるようにしている。

立場

通行の注家が弦鉤毛石の立名の本旨を究めず空論視すると批判し、四脈を人身の陰陽四時の消長進退を象る譬喩と捉えて独自に説き直す和刻図解本。春弦(陰陽平等・不浮不沈)・夏鉤(陽盛・前曲後距)・秋毛(鳥毛の微曲軽軟)・冬石(陽斂内実・沈重)を対比的に図示し、実地の準則とすることを志す点に特色がある。

rb00004591難経発揮/編者未詳(和刻)

出典:難経発揮(版本 rb00004591・編者未詳(和刻))

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者肝東方木也、萬物始生、未有枝葉、故其脈之來濡弱而長、故曰弦。……冬脈石者腎北方水也、水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。如有變奈何。然、春脈弦、反者爲病……氣來厭厭聶聶如循楡葉曰平、益實而滑如循長竿曰病、急而勁益強如新張弓弦曰死。……胃者水穀之海、主稟四時、皆以胃氣爲本、是謂四時之變病、死生之要會也。脾者中州也、其平和不可得見、衰乃見耳、來如雀之啄、如水之下漏、是脾衰見也。 〔注〕冬脈如雀之啄者、石中之柔、故曰平。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木、万物始めて生じ未だ枝葉あらず、故に其の脈の来たるや濡弱にして長し、故に弦と曰う。……冬脈の石なるは腎は北方の水、水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。如し変あらば奈何。然り、春脈は弦、反する者を病と為す……気の来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と曰い、益ます実にして滑、長竿を循づるがごときを病と曰い、急にして勁く益ます強く、新たに張れる弓弦のごときを死と曰う。……胃は水穀の海にして四時を主稟し、皆胃気を以て本と為す、是れを四時の変病、死生の要会と謂うなり。脾は中州なり、其の平和は見るを得べからず、衰えて乃ち見るるのみ、来たること雀の啄むがごとく、水の下に漏るるがごときは、是れ脾の衰の見るるなり。

〔注〕冬脈の雀の啄むがごときは、石中の柔なり、故に平と曰う。

現代語訳

本文はほぼ底本と一致し(「太過」を「大過」と作るなど)、注はごく僅かである。「冬脈が雀のついばむようなのは、石の中にも柔らかさがあるから平(正常)というのだ」と、冬の平脈が単なる硬さでなく柔を帯びる点を一言添えるにとどまる。四時の脈と胃気を本とする本篇の趣旨をそのまま伝える正文主体の版である。

立場

正文を主体とする和刻本。本文はほぼ底本に一致し注は僅少で、「冬脈の雀啄のごときは石中の柔ゆえ平」と冬平脈の要点を一言添えるにとどまる。四時の脈と胃気を本とする本篇の趣旨を平明に伝える。

rb00000698難経註疏 2巻/註者未詳(呂広・楊玄操系旧注を集成)

出典:難経註疏 2巻(版本 rb00000698・註者未詳(呂広・楊玄操系旧注を集成))

原文

十五難曰、經言春脉弦、夏脉鈎、秋脉毛、冬脉石、是王脉邪、將病脉也。〔注〕王脉如七難言少陽之至乍小乍大乍短乍長是也。四時之脉也、猶言四時之脉狀也。〔本文逐句に割注〕濡弱而長者弦狀也。鈎、帶鈎之鈎、其形頭大而末細、故來疾去遲者鈎狀也。輕虛以浮者毛狀也。沈濡而滑者石狀也、呂氏曰、腎狀法水、水凝如石、又伏行温於骨髓、故其脉實牢如石也。滑氏曰、此内經平人氣象・玉機眞藏論參錯其文而爲篇也。氣、脉氣也、内經既言脉、難經變脉言氣者、脉不自動、氣使之然、且主胃氣而言也。玉機眞藏論云、春脉太過則令人善怒忽忽眩冒而巓疾、其不及則令人胸痛引背下則兩脇胠滿。厭厭聶聶如循榆葉者、和柔而長也、此胃氣中帶弦也。朱肱曰、胃氣者清純沖和之氣也、沖和之氣者陰陽不偏倚而五藏之氣齊至。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。〔注〕王脈は七難に言う少陽の至り乍ち小乍ち大乍ち短乍ち長のごときは是れなり。四時の脈とは、猶お四時の脈状を言うがごとし。〔本文逐句に割注〕濡弱にして長きは弦の状なり。鈎は帯鈎の鈎、其の形頭大にして末細し、故に来たること疾く去ること遅きは鈎の状なり。軽虚にして浮くは毛の状なり。沈濡にして滑なるは石の状なり、呂氏曰く、腎は状として水に法り、水凝りて石のごとし、又た伏行して骨髄を温む、故に其の脈実牢にして石のごとし。滑氏曰く、此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して篇と為すなり。気とは脈気なり、内経は既に脈と言うに、難経が脈を変じて気と言うは、脈は自ら動かず、気之をして然らしむ、且つ胃気を主として言うなり。玉機真蔵論に云う、春脈太過なれば則ち人をして善く怒り忽忽として眩冒し巓疾せしむ、其の不及なれば則ち人をして胸痛みて背に引き、下れば則ち両脇胠満せしむ。厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときは、和柔にして長きなり、此れ胃気の中に弦を帯ぶるなり。朱肱曰く、胃気とは清純沖和の気なり、沖和の気とは陰陽偏倚せずして五臓の気斉しく至るなり。

現代語訳

本文を一句ずつ割注する註疏系の版。王脈とは七難にいう少陽の脈(大小長短が定まらぬもの)であり、四時の脈とは四季それぞれの脈の姿をいうとする。濡弱で長いのが弦、頭が大きく末が細い帯の鉤のようで来るのが速く去るのが遅いのが鉤、軽虚に浮くのが毛、沈んで柔らかく滑らかなのが石だと逐一注し、呂広の「腎は水に法り、伏行して骨髄を温めるから脈は実牢で石のよう」という旧注を引く。滑寿の参錯説を引くほか、「気とは脈気で、脈は自ら動かず気がそうさせる、しかも胃気を主として言うのだ」と解説する。玉機真蔵論から春脈の太過(善怒・眩冒・巓疾)・不及(胸痛・両脇の張り)の症候を引き、楡葉をなでるような平脈は胃気の中に弦を帯びたものだとし、朱肱の「胃気とは清純で穏やかな気、陰陽が偏らず五臓の気がそろって至るもの」という説を添える。

立場

本文を逐句に割注する註疏系(2巻本)。呂広の「腎は水に法り骨髄を温むゆえ脈は実牢」等の旧注、滑寿の参錯説、玉機真蔵論の太過不及症候、朱肱(朱丹溪)の「胃気は清純沖和の気」説を集め、脈気と胃気を軸に各季の脈状を平明に注する。

rb00004590難経註疏 3巻/註者未詳(呂広・楊玄操系旧注を集成)

出典:難経註疏 3巻(版本 rb00004590・註者未詳(呂広・楊玄操系旧注を集成))

原文

十五難曰、經言春脉弦、夏脉鉤、秋脉毛、冬脉石、是王脉也。〔注〕王脉如此難言少陽之至乍大乍小乍短乍長是也。四時之脉也、猶言四時之脉狀也、春夏秋冬各應其氣而相應。沈濡而滑者石狀也、腎狀法水、水凝如石、又伏行温於骨髓、故其脉實牢如石也。滑氏曰、此内經平人氣象論參錯其文而爲篇也。〔氣の注〕脉氣也、内經既言脉、難經變脉言氣者、脉不自動、氣使之然、且言胃氣而言也。玉機眞藏論云、夏脉太過則令人身熱而膚痛爲浸淫、不及則令人煩心上見欬唾下爲氣泄。琅玕、石之似玉者、生于南海石崖間、如筍質似玉、纍纍如環如循琅玕、和緩之中帶鉤也。汪機素問抄曰、雞之啄地與舉足不同、踐地是雞少整而徐行也、舉足被發驟疾行也。張氏曰、操持也、前曲者謂輕取則堅強而不柔、後居者謂重取則牢實而不動、如持革帶之鉤而全失和之氣、是但鉤無胃也、故曰必死。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なり。〔注〕王脈は此の難に言う少陽の至り乍ち大乍ち小乍ち短乍ち長のごときは是れなり。四時の脈とは猶お四時の脈状を言うがごとし、春夏秋冬各おの其の気に応じて相応ず。沈濡にして滑なるは石の状なり、腎は状として水に法り、水凝りて石のごとし、又た伏行して骨髄を温む、故に其の脈実牢にして石のごとし。滑氏曰く、此れ内経の平人気象論、其の文を参錯して篇と為すなり。〔気の注〕脈気なり、内経は既に脈と言うに、難経が脈を変じて気と言うは、脈は自ら動かず、気之をして然らしむ、且つ胃気を言うなり。玉機真蔵論に云う、夏脈太過なれば則ち人をして身熱して膚痛み浸淫を為さしむ、不及なれば則ち人をして煩心し上は欬唾を見わし下は気泄を為さしむ。琅玕は玉に似たる石、南海の石崖の間に生じ、筍のごとく質玉に似たり、纍纍として環のごとく琅玕を循づるがごときは、和緩の中に鉤を帯ぶるなり。汪機素問抄に曰く、雞の地を啄むと足を挙ぐるとは同じからず、地を踐むは雞の少しく整いて徐ろに行くなり、足を挙ぐるは驚かされて驟かに疾く行くなり。張氏曰く、操とは持つなり、前曲とは軽く取れば則ち堅強にして柔ならざるを謂い、後居とは重く取れば則ち牢実にして動かざるを謂う、革帯の鉤を持つがごとくにして全く和の気を失う、是れ但だ鉤のみにして胃なきなり、故に必ず死すと曰う。

現代語訳

2巻本と同工の註疏だが、3巻に分かたれ、夏脈の平・病・死脈の逐句注が充実する。王脈は少陽の脈(大小長短が定まらぬもの)、四時の脈は四季それぞれの気に応ずる脈状だとし、呂広系の「腎は水に法り骨髄を温めるから脈は実牢」の旧注、滑寿の参錯説を引く。「気とは脈気で、脈は自ら動かず気がそうさせる、胃気を指して言う」と解説し、玉機真蔵論から夏脈の太過(身熱・膚痛・浸淫)・不及(煩心・咳唾・気泄)の症候を引く。夏の平脈「琅玕をなでるよう」を、玉に似た南海の石で和緩の中に鉤を帯びると説き、病脈「雞が足を挙げる」を汪機の素問抄により「地を踏むのは穏やかに歩むさま、足を挙げるのは驚いて速く走るさま」と対比する。死脈「前曲後居」は張氏の説を引き、軽く取れば堅く柔らかさがなく、重く取れば動かず、帯の鉤を握るようで胃の和の気を全く失うから必ず死ぬと注する。

立場

2巻本と同工の難経註疏だが3巻に分かたれた版で、とくに夏脈の平・病・死脈の逐句注が詳しい。呂広系旧注・滑寿の参錯説に加え、玉機真蔵論の太過不及症候、汪機素問抄の雞踐地/舉足の対比、張氏の前曲後居(帯鉤を握るごとく胃気を失う死脈)の解を引き、胃気の有無を軸に説く。

rb00004592難経評林 6巻/王文潔(月池子)輯/劉氏評林

出典:難経評林 6巻(版本 rb00004592・王文潔(月池子)輯/劉氏評林)

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鈎、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鈎毛石者四時之脈也……此四時之脈也。如有變奈何。然、春脈弦反者爲病……春以胃氣爲本。(夏鈎・秋毛・冬石も同例。) 〔劉平之(評林)曰〕按岐伯所謂氣來者、非承上文萬物之氣也、正言吾身之脈氣也。春脈氣來軟弱輕虛而滑、端直以長、比難經濡弱而長爲尤詳。夏脈氣來盛去衰、即難經來疾去遲也、但疾遲不若盛衰之尤切。此總問四時之脈必有變、正以發下五邪之意也、言春弦夏鈎秋毛冬石者、四時之常脈也、或不能以無變則將如之何。此言春脈本弦、反者則病有外内之殊、又狀平脈病脈死脈之體而申言之、以見胃氣爲甚重也。所謂胃氣者、即微弦之和且緩矣、其誠土性之謂歟。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鈎毛石は四時の脈なり……此れ四時の脈なり。如し変あらば奈何。然り、春脈は弦、反する者を病と為す……春は胃気を以て本と為す。(夏の鈎・秋の毛・冬の石も同例。)

〔劉平之(評林)曰く〕按ずるに岐伯のいわゆる気来とは、上文の万物の気を承くるに非ず、正に吾が身の脈気を言うなり。春脈の気来は軟弱軽虚にして滑、端直にして以て長し、難経の濡弱にして長しに比すれば尤も詳らかなり。夏脈の気来は盛んに去は衰う、即ち難経の来疾去遅なり、但し疾遅は盛衰の尤も切なるには若かず。此れ総じて四時の脈に必ず変あるを問い、正に以て下の五邪の意を発するなり、春弦夏鈎秋毛冬石とは四時の常脈なり、或いは変なきこと能わずんば則ち将た如何せんとなり。此れ春脈は本と弦、反する者は則ち病に外内の殊あるを言い、又た平脈・病脈・死脈の体を状して申べ言い、以て胃気の甚だ重きたるを見わすなり。いわゆる胃気とは、即ち微弦の和にして且つ緩なり、其れ誠に土性の謂いか。

現代語訳

本文に劉氏(劉平之)の評林を配した版。劉氏は、岐伯のいう「気来」は前文の万物の気を受けたものではなく、まさに人体の脈気を指すのだとし、素問の「軟弱軽虚にして滑・端直にして長い」という春脈の描写は、難経の「濡弱にして長い」よりさらに詳しいと比較する。夏脈の「来盛去衰」は難経の「来疾去遅」に当たるが、疾遅より盛衰のほうが的確だと評する。本篇が四時の脈に必ず変調があることを総じて問い、それによって次の五邪(十六難以降)の話を導くのだとし、春弦・夏鈎・秋毛・冬石は四季の常の脈で、変調があればどうするかを説くと整理する。春脈は本来弦で、それに反すれば病に表裏の別があるとし、平・病・死の三脈の姿を述べて胃気がきわめて重要であることを示す。胃気とは微かに弦で和やかかつ緩やかなもので、まことに土の性質にほかならないと結ぶ。

立場

王文潔輯の評林本に劉氏(劉平之)の評を載せる版。素問の脈描写と難経の語(濡弱而長/来疾去遅)を逐一比較し、「気来」は万物でなく人身の脈気を指すと明言。本篇が四時の変を問うて次の五邪説を導くと位置づけ、平病死の三脈を通じて胃気(微弦の和緩=土性)の重要性を強調する。

rb00004587難経疏証 2巻/註者未詳(徐大椿・滑寿・楊玄操等の説を疏証)

出典:難経疏証 2巻(版本 rb00004587・註者未詳(徐大椿・滑寿・楊玄操等の説を疏証))

原文

十五難〔前段は前曲後居・上下部有脈の割注と元氣の考証〕前曲後居之前後、以始末言也。……脈有根本、人有元氣故知不死。按、元氣者人身所稟天眞本原之氣、六十六難曰臍下腎間動氣者人之生命也、十二經之根本也、故名曰原、三焦者原氣之別使也。〔十五難本文〕十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者四時之脈也。春脈弦者肝東方木也……冬脈石者腎北方水也、水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。〔滑注〕此内經平人氣象・玉機眞藏論、參錯其文而爲篇也。春脈弦者肝主筋、應筋之象。

書き下し文

十五難〔前段は前曲後居・上下部有脈の割注と元気の考証〕前曲後居の前後は、始末を以て言うなり。……脈に根本あり、人に元気あり、故に死せざるを知るなり。按ずるに、元気とは人身の禀くる所の天真本原の気なり、六十六難に曰く臍下腎間の動気は人の生命なり、十二経の根本なり、故に名づけて原と曰う、三焦は原気の別使なり。〔十五難本文〕十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木なり……冬脈の石なるは腎は北方の水、水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。〔滑注〕此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して篇と為すなり。春脈の弦なるは肝は筋を主り筋の象に応ず。

現代語訳

十五難の冒頭に、前の難から続く「前曲後居」や「上下部の脈の有無」への割注と、「元気」に関する博引な考証を置くのが特色。前曲後居の前後は寸尺でなく脈の始めと末で言うとし、元気とは人が天から受けた本原の気で、六十六難のいう臍下腎間の動気(生命・十二経の根本=原)であり、三焦は原気の使者だと、春秋繁露や漢書律暦志など諸書を引いて詳しく論じる。その後に十五難の本文を掲げ、四時の脈が正常か病かを問い、弦鉤毛石は四季の脈だと説く。滑寿注を引いて、本篇は素問の平人気象論・玉機真蔵論を参錯して成ったものとし、春の弦は肝が筋を主る象だとする。

立場

徐大椿・滑寿・楊玄操らの説を疏証する考証的な版。十五難の頭に前難から続く前曲後居・上下部の脈の割注と、六十六難の腎間動気を核とする「元気」の博引な考証を置く点に特色があり、本篇本文には滑寿の参錯説を引いて四時の脈と胃気の趣旨を確認する。

rb00002419黄帝八十一難経輯釋備考/輯釈者未詳(新校正・諸本を校勘)

出典:黄帝八十一難経輯釋備考(版本 rb00002419・輯釈者未詳(新校正・諸本を校勘))

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鈎、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鈎毛石者四時之脈也。〔校〕經文見素問平人氣象論及玉機眞藏論、四時之脈謂脈之應乎四時、即王脈也。○聖惠方注云有而字。○脈來間舊有之字、今據玉機眞藏論新校正所引刪。○藏下舊有也字、今據新校正所引刪。〔義〕濡弱而長是弦之正象、否則即爲太過不及之脈也。○按藏府之與五行各有所屬、而春夏秋脈皆以木爲喩者、蓋唯木爲因時遷變也。然春脈弦反者爲病……實強者陽氣盛也、少陽當微弱、今更實強謂之太過、陽處表故令其病在外也。厥陰之氣養於筋、其脈弦、今更虛微故曰不及、陰處中故令其病在内也。○薛庭先生云、厭厭聶聶如循榆葉曰平、當作其脈如榆葉曰平。○按素問平人氣象論曰、平肺脈來厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、新校正云、詳越人云厭厭聶聶如循榆葉曰春平脈。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鈎毛石は四時の脈なり。〔校〕経文は素問の平人気象論及び玉機真蔵論に見ゆ、四時の脈とは脈の四時に応ずるを謂う、即ち王脈なり。○聖恵方の注に而の字ありと云う。○脈来の間、旧と之の字あり、今玉機真蔵論の新校正の引く所に拠りて刪る。○蔵の下、旧と也の字あり、今新校正の引く所に拠りて刪る。〔義〕濡弱にして長きは是れ弦の正象なり、否らざれば即ち太過不及の脈と為るなり。○按ずるに蔵府と五行とは各おの属する所あり、而して春夏秋の脈皆な木を以て喩うるは、蓋し唯だ木のみ時に因りて遷変すればなり。然り、春脈は弦、反する者を病と為す……実強とは陽気の盛んなるなり、少陽は当に微弱なるべきに、今更に実強なる、之を太過と謂う、陽は表に処る故に其の病をして外に在らしむるなり。厥陰の気は筋を養い、其の脈弦なり、今更に虚微なる故に不及と曰う、陰は中に処る故に其の病をして内に在らしむるなり。○薛庭先生云う、厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と曰うは、当に其の脈楡葉のごときを平と曰うに作るべし。○按ずるに素問の平人気象論に曰く、平肺脈の来たること厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、新校正に云う、詳らかにするに越人は厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを春平脈と云う。

現代語訳

本文を校勘し、諸本や新校正の異同を細かく記す考証本。経文は素問の平人気象論・玉機真蔵論に見え、四時の脈とは脈が四季に応ずるもの(=王脈)だとする。聖恵方には「而」字がある、「脈来」の間の旧本の「之」字や「蔵」下の「也」字は玉機真蔵論の新校正の引用に拠って削る、などと逐一校記を付す。濡弱で長いのが弦の正しい姿で、そうでなければ太過・不及の脈になるとし、臓腑は五行に各々属するのに春夏秋の脈をみな木にたとえるのは、木だけが時に応じて変化するからだと説く。太過は陽気が盛んで、本来微弱なはずの少陽が実強になったもので陽は表にあるから病は外に、厥陰の気は筋を養い脈は弦だが虚微になったのが不及で陰は中にあるから病は内にあるとする。薛庭の「厭厭聶聶如循榆葉曰平は其脈如榆葉曰平とすべし」という説や、素問では同じ語が「肺平」で、新校正が越人はこれを「春の平脈」とすると指摘する点まで引く。

立場

新校正や聖恵方など諸本を校勘する考証・輯釈本。経文の出典(平人気象論・玉機真蔵論)を明示し、「之」「也」字の衍を新校正により刪るなど字句を精査する。太過を少陽の実強・不及を厥陰の虚微と陰陽で説き、素問では「肺平」の語を越人が「春平」に引く異同も薛庭説・新校正で押さえる。

rb00004583難経経釈 2巻/徐霊胎(徐大椿)

出典:難経経釈 2巻(版本 rb00004583・徐霊胎(徐大椿))

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈邪、將病脈也。然、弦鉤毛石者四時之脈也……此四時之脈也。〔釈〕冬氣歛聚故沈而濡滑水之象也。按、藏府之與五行各有所屬、而春夏秋脈皆以木爲喩者、蓋唯木爲因時遷變也。如有變奈何、變謂失常也。……厭厭素問王冰注以爲浮薄而虛也。按素問平人氣象論云、平肝脈來耎弱招招如揭長竿末梢曰肝平、又云平肺脈來厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、蓋形容肺脈如毛之義、今引爲肝平恐不合。……按素問平人氣象論云、病心脈來喘喘連屬其中微曲曰心病、又云實而盈數如雞舉足曰脾病、今引爲心病之脈亦誤。……按素問平人氣象論云、喘喘累累如鉤按之而堅曰腎平、至於如鳥之啄乃脾之死脈、啄啄連屬其中微曲乃心之病脈、不知何以錯誤如此。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり……此れ四時の脈なり。〔釈〕冬気は歛聚す、故に沈にして濡滑なるは水の象なり。按ずるに、蔵府と五行とは各おの属する所あり、而して春夏秋の脈皆な木を以て喩うるは、蓋し唯だ木のみ時に因りて遷変すればなり。変あらば奈何、変とは常を失うを謂うなり。……厭厭は素問の王冰の注に以て浮薄にして虚なりと為す。按ずるに素問の平人気象論に云う、平肝脈の来たること耎弱招招として長竿の末梢を揭ぐるがごときを肝平と曰う、又た云う平肺脈の来たること厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、蓋し肺脈の毛のごとき義を形容す、今引きて肝平と為すは恐らくは合わず。……按ずるに素問の平人気象論に云う、病心脈の来たること喘喘連属し其の中微かに曲がるを心病と曰う、又た云う実にして盈数、雞の足を挙ぐるがごときを脾病と曰う、今引きて心病の脈と為すも亦た誤りなり。……按ずるに素問の平人気象論に云う、喘喘累累として鉤のごとく之を按じて堅きを腎平と曰う、鳥の啄むがごときに至りては乃ち脾の死脈、啄啄連属し其の中微かに曲がるは乃ち心の病脈なり、何を以て錯誤すること此くのごときかを知らず。

現代語訳

徐大椿による経釈で、難経の各語を素問と突き合わせ、越人の引用のずれを鋭く指摘するのが特色。冬気は収れんするから沈んで柔らかく滑らかで水の象、臓腑は五行に各々属すのに春夏秋の脈を木にたとえるのは木だけが時に応じて変化するからだ、「変」とは常を失うこと、などと釈する。とくに、素問では「厭厭聶聶如落榆莢」は肺平(毛の脈)の形容なのに難経がこれを肝平に引くのは合わないだろうと言い、「実にして数、雞が足を挙げるよう」はもと脾病の脈なのに心病(夏病脈)に引くのも誤り、「鳥のついばむよう」は脾の死脈・「啄啄連属其中微曲」は心の病脈なのに冬脈に錯用しているのはどうしたことか分からない、と、越人が素問の各臓の脈語を取り違えている箇所を次々に摘出する。

立場

徐大椿の経釈。難経の各脈語を素問平人気象論・玉機真蔵論と逐一対照し、「厭厭聶聶(本は肺平)を肝平に」「雞舉足(本は脾病)を心病に」「鳥啄(本は脾死)・啄啄連属其中微曲(本は心病)を冬脈に」引くなど、越人が素問の各臓の脈語を錯用した箇所を批判的に摘出する厳密な考証を身上とする。

rb00004598難経文字攷 2巻/考者未詳(訓詁・字義考証)

出典:難経文字攷 2巻(版本 rb00004598・考者未詳(訓詁・字義考証))

原文

十五難曰、氣來厭厭攝攝如循楡葉曰平。謹案、厭厭攝攝四字、舊解皆不明。厭厭蓋脈來順從無追戻之貌也、荀子儒效篇曰天下厭然猶一也、楊注云順從之貌。攝攝是整正安柔貌也。肝脈之來以下順從而無逆戻、整正安柔爲肝之平也。此素問平人氣象論雖以此四字爲肺平之脈、如其意義蓋相同矣。○又曰前曲後居如操帶鈎曰死。謹案、居當訓壅閉、王冰以不動釋之恐非。操當訓執持亦恐非、操字有玩弄意、蓋帶鈎着帶而玩弄之、前曲則可弄、後面則相滯壅閉。○又曰其脈來藹藹如車蓋、按之益大曰平。謹案、藹藹蓋雲之升輕浮盈大、故以藹藹形容如車蓋者也。○又曰脈來上大下兌、濡滑如雀之喙曰平。謹案、上下字錯用、是古文一法、下文曰如雀之啄、則其爲錯用可知也。○又曰來如解索、去如彈石曰死。謹案、素問解索作奪索、王注云猶蛇之走也、如解索者言左右紛亂也、奪解亦同義。

書き下し文

十五難に曰く、気来たること厭厭攝攝として楡葉を循づるがごときを平と曰う。謹んで案ずるに、厭厭攝攝の四字、旧解皆な明らかならず。厭厭は蓋し脈来の順従して追戻なきの貌なり、荀子の儒效篇に曰く天下厭然として猶お一のごとし、楊注に順従の貌と云う。攝攝は是れ整正安柔の貌なり。肝脈の来たること以下順従して逆戻なく、整正安柔なるを肝の平と為すなり。此れ素問の平人気象論に此の四字を以て肺平の脈と為すと雖も、其の意義のごときは蓋し相同じ。○又た曰く前曲後居して帯鈎を操るがごときを死と曰う。謹んで案ずるに、居は当に壅閉と訓ずべし、王冰の不動を以て之を釈するは恐らくは非なり。操は当に執持と訓ずべきも亦た恐らくは非なり、操の字に玩弄の意あり、蓋し帯鈎を帯に着けて之を玩弄す、前曲なれば則ち弄すべく、後面なれば則ち相い滞りて壅閉す。○又た曰く其の脈来たること藹藹として車蓋のごとく、之を按じて益ます大なるを平と曰う。謹んで案ずるに、藹藹は蓋し雲の升りて軽浮盈大なり、故に藹藹を以て車蓋のごときを形容するなり。○又た曰く脈来たること上は大に下は兌く、濡滑にして雀の喙のごときを平と曰う。謹んで案ずるに、上下の字は錯用す、是れ古文の一法なり、下文に如雀之啄と曰えば、則ち其の錯用たるを知るべし。○又た曰く来たること解索のごとく、去ること弾石のごときを死と曰う。謹んで案ずるに、素問は解索を奪索に作る、王注に猶お蛇の走るがごとしと云う、解索のごときとは左右の紛乱を言うなり、奪と解も亦た義を同じくす。

現代語訳

難経の脈状の語を一字ずつ訓詁で解く字義考証の版。「厭厭攝攝」は旧説がみな不明だとし、荀子の楊倞注などを引いて厭厭は脈が素直で逆らわないさま、攝攝は整い安らかで柔らかなさまで、肝の脈がこのようなのを肝平とするとし、素問がこの四字を肺平の脈とするのも意味は同じだとする。「前曲後居如操帯鉤」の「居」は王冰の「動かない」でなく「壅閉(ふさがる)」と訓ずべきで、「操」も「執持」でなく「玩弄(もてあそぶ)」の意で、帯の鉤を帯につけてもてあそぶと前は曲がって弄べるが後ろは滞ってふさがるさまだと説く。「藹藹如車蓋」は雲が立ちのぼって軽く浮き大きく盈ちるさまの形容、「上大下兌」は上下の字を入れ替えて用いる古文の一法(下文の如雀之啄で分かる)、「解索」は素問では「奪索」で王注の「蛇が走るよう」に当たり左右が乱れる意で、奪と解は同義だとする。

立場

脈状の語を字書・古典の用例で訓詁する字義考証の版。厭厭攝攝(順従・整正安柔)、居=壅閉・操=玩弄、藹藹(雲の軽浮盈大)、上大下兌(古文の錯用)、解索=奪索(左右紛乱)など、王冰注や通説を批判しつつ本義を精密に定めるのが身上。

rb00004580・rb00004581難経滑義補正/補正者未詳(滑寿本義を校訂補正)

出典:難経滑義補正(版本 rb00004580・rb00004581・補正者未詳(滑寿本義を校訂補正))

原文

十五難。正、厭厭聶聶如循榆葉。瀕湖脈學云、厭厭聶聶輕汎貌、類經云衆苗齊秀貌、經釋云厭厭素問王冰注以爲浮薄而虛也、又云平肺脈來厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、蓋形容肺脈如毛之義、今引爲肝平恐不合。或問云、内經厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、難經如循榆葉曰肝平、其言雖少異而其義實同也、按難經所述肝肺之平脈前後錯簡也、蓋肝平者和中帶弦也、肺平者和中帶微毛也。如循琅玕、說文云琅玕石之似玉者、爾雅云今南海有青琅玕珊瑚屬也。如操帶鉤、平人氣象論云死心脈來前曲後居如操帶鉤曰心死、類注云操持也、前曲者謂輕取則堅強而不柔、後居者謂重取則牢實而不動、如持革帶之鉤而全失充和之氣、是但鉤無胃也故曰死。藹藹如車蓋、經釋云仲景傷寒論辨脈法云脈藹藹如車蓋者名曰陽結也、此又一義。上大下兌、案是上兌下大之誤。如雀之啄、啄當作喙、平人氣象論云死脾脈來鋭堅如烏之喙如烏之距、類經云言堅鋭不柔也。

書き下し文

十五難。正す、厭厭聶聶として楡葉を循づるがごとし。瀕湖脈学に云う、厭厭聶聶は軽汎の貌、類経に云う衆苗斉秀の貌、経釈に云う厭厭は素問の王冰の注に浮薄にして虚なりと為す、又た云う平肺脈の来たること厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、蓋し肺脈の毛のごとき義を形容す、今引きて肝平と為すは恐らくは合わず。或問に云う、内経は厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰い、難経は楡葉を循づるがごときを肝平と曰う、其の言少しく異なると雖も其の義実は同じ、按ずるに難経の述ぶる所の肝肺の平脈は前後錯簡なり、蓋し肝平は和中に弦を帯び、肺平は和中に微毛を帯ぶるなり。如循琅玕、説文に云う琅玕は玉に似たる石、爾雅に云う今南海に青琅玕あり珊瑚の属なり。如操帯鉤、平人気象論に云う死心脈の来たること前曲後居して帯鉤を操るがごときを心死と曰う、類注に云う操は持つなり、前曲とは軽く取れば堅強にして柔ならざるを謂い、後居とは重く取れば牢実にして動かざるを謂う、革帯の鉤を持つがごとくにして全く充和の気を失う、是れ但だ鉤のみにして胃なきなり故に死と曰う。藹藹如車蓋、経釈に云う仲景の傷寒論辨脈法に脈藹藹として車蓋のごとき者は名づけて陽結と曰うと云う、此れ又た一義なり。上大下兌、案ずるに是れ上兌下大の誤りなり。如雀之啄、啄は当に喙に作るべし、平人気象論に云う死脾脈の来たること鋭堅にして烏の喙のごとく烏の距のごとし、類経に云う堅鋭にして柔ならざるを言うなり。

現代語訳

滑寿の本義を校訂補正する版で、脈状の語ごとに諸注を集めて字句を正す。「厭厭聶聶如循榆葉」については瀕湖脈学(軽く漂うさま)・類経(苗が一斉に穂を出すさま)・経釈(王冰注で浮薄で虚)の説を並べ、素問ではこれが肺平(毛の脈)の形容なのに難経が肝平に引くのは合わないだろうとする。また或問を引き、内経の肺平と難経の肝平は言葉は少し違うが意味は同じで、難経の肝・肺の平脈は前後が入れ替わった錯簡で、肝平は和の中に弦を帯び肺平は和の中に微毛を帯びるものだと述べる。「琅玕」は玉に似た石で南海の青琅玕(珊瑚の類)、「前曲後居如操帯鉤」は素問の死心脈で帯の鉤を握るように和の気を全く失うから死、「藹藹如車蓋」は傷寒論では陽結の脈だという別義、「上大下兌」は「上兌下大」の誤り、「如雀之啄」の啄は「喙」とすべきで素問の死脾脈(烏の嘴・蹴爪のように堅く鋭い)に当たる、と一つ一つ訂正・注解する。

立場

滑寿本義を校訂補正する版(rb00004580・rb00004581は同内容)。瀕湖脈学・類経・経釈・或問・傷寒論など多くの注書を引き、厭厭聶聶(肝平/肺平の錯簡)、琅玕、前曲後居、藹藹如車蓋(陽結)、上大下兌(上兌下大の誤)、雀啄(啄→喙)など脈状語の字句と出典を細かく正すのが特色。

rb00004597難経本義大鈔 20巻・序2巻・彙攷1巻/森本昌敬(玄関)述

出典:難経本義大鈔 20巻・序2巻・彙攷1巻(版本 rb00004597・森本昌敬(玄関)述)

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈邪、將病脈也。△此難言四時之脈也。辨正云、也今作耶。經直承問平人氣象論・玉機眞藏論也。王脈、評林曰、王脈者即七難血脈之證也。病脈、評林曰、病脈者即九難數則爲熱遲則爲寒之謂也。△玉機眞藏論類註曰、弦者端直以長、狀如弓弦有力、然受氣輕虛而滑則弦中自有和意、肝藏主之。其脈之來、素問作其氣來、今越人更氣字作脈字、即解素問氣字之意也。夏脈鉤者、莊子胠篋篇云彼竊鉤者誅、或曰後來以洪代鉤者、蓋以來疾去遲比洪水而用之。評林曰、李瀕湖以來疾爲寸脈去遲爲尺脈者非也。俗解曰、夏之脈來疾而去遲如鉤、是微洪也。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。△此の難は四時の脈を言うなり。辨正に云う、也は今耶に作る。経は直ちに問いを承く、平人気象論・玉機真蔵論なり。王脈、評林に曰く、王脈とは即ち七難の血脈の証なり。病脈、評林に曰く、病脈とは即ち九難の数なれば熱と為し遅なれば寒と為すの謂なり。△玉機真蔵論の類註に曰く、弦とは端直にして以て長く、状は弓弦のごとく力あり、然れども気を受くること軽虚にして滑なれば則ち弦の中に自ら和の意あり、肝蔵之を主る。其の脈の来たる、素問は其の気来に作る、今越人は気の字を更めて脈の字に作る、即ち素問の気の字の意を解するなり。夏脈の鉤なるは、荘子の胠篋篇に云う彼の鉤を竊む者は誅せらると、或るひと曰く後来洪を以て鉤に代うるは、蓋し来疾去遅を以て洪水に比して之を用うるなり。評林に曰く、李瀕湖の来疾を以て寸脈と為し去遅を以て尺脈と為すは非なり。俗解に曰く、夏の脈来たること疾く去ること遅くして鉤のごとし、是れ微洪なり。

現代語訳

森本昌敬による本義の大部の抄物で、一句ごとに辨正・評林・類註・俗解など諸説を細かく引く。本難は四時の脈を説くもので、「也」は今の本では「耶」に作り、経文はそのまま素問の平人気象論・玉機真蔵論を承けたものだとする。王脈は評林により七難の血脈の証、病脈は九難の「数なら熱・遅なら寒」の意だとする。弦については玉機真蔵論の類註を引き、弦は端直で長く弓弦のように力があるが、受ける気が軽虚で滑らかなら弦の中におのずから和らぎがある、それを肝が主るとし、素問の「其気来」を越人が「其脈来」と改めたのは素問の「気」字の意を解いたものだと説く。夏脈の鉤は荘子胠篋篇の「鉤を盗む者は誅せられる」を引き、後世に洪脈で鉤に代えるのは来疾去遅を洪水にたとえたものだとし、李時珍が来疾を寸脈・去遅を尺脈とするのは誤りだという評林、夏の脈は来るのが速く去るのが遅い鉤で微洪だという俗解を並べる。

立場

森本昌敬(玄関)による大部の本義抄物。辨正・評林・玉機真蔵論類註・俗解・李時珍脈学・荘子など和漢の諸説を一句ごとに博引し、「也→耶」の異文、王脈=七難血脈の証・病脈=九難の寒熱、越人が素問の「気来」を「脈来」に改めた意図、来疾去遅と洪脈の関係などを詳細に講説する。

rb00008889・rb00019981難経抄(不分巻)/抄者未詳(評林等を引く聞書抄)

出典:難経抄(不分巻)(版本 rb00008889・rb00019981・抄者未詳(評林等を引く聞書抄))

原文

十五難、前曲後居之前後、以始末言也。評林曰、素問岐伯曰、人一呼脈三動一吸脈三動而躁、尺熱曰病溫、尺不熱脈滑曰病風、脈濇曰痺、玄臺此說與熊宗立同、張世賢分前後爲尺寸大小爲寒熱者非、當知六至之脈有熱而無寒也。脈訣刊誤云、難經曰前小後大前大後小、其前後以尺寸論也。一呼四至一吸四至、已下論八動之脈也。評林曰、此言一息十至之脈、或有困於夜者或有困於晝者、夫一息十至即歸墓脈也、若十至中見沈細是陰之極主夜必加病、若十至中見浮大是陽之極主晝必加病、但沈細浮大之中而不乍大乍小者雖危亦有可治、蓋以胃氣尚存故脈猶平和耳。再呼一至再吸一至、評林曰、張世賢以爲一息一至之脈則訛矣、此言二息二至之脈其人必當死也。上部有脈下部無脈、本義曰、此又以脈之有無明上下部之病也。

書き下し文

十五難、前曲後居の前後は、始末を以て言うなり。評林に曰く、素問の岐伯曰く、人一呼に脈三動一吸に脈三動して躁、尺熱するを病温と曰い、尺熱せず脈滑なるを病風と曰い、脈濇なるを痺と曰う、玄臺の此の説は熊宗立と同じ、張世賢の前後を分かちて尺寸と為し大小を寒熱と為すは非なり、当に六至の脈は熱ありて寒なきを知るべし。脈訣刊誤に云う、難経に曰く前小後大前大後小、其の前後は尺寸を以て論ずるなり。一呼四至一吸四至、已下八動の脈を論ずるなり。評林に曰く、此れ一息十至の脈を言う、或いは夜に困む者あり或いは昼に困む者あり、夫れ一息十至は即ち帰墓の脈なり、若し十至の中に沈細を見わすは是れ陰の極、夜を主どり必ず病を加う、若し十至の中に浮大を見わすは是れ陽の極、昼を主どり必ず病を加う、但だ沈細浮大の中にして乍ち大乍ち小ならざる者は危うしと雖も亦た治すべきあり、蓋し胃気尚お存する故に脈猶お平和なるのみ。再呼一至再吸一至、評林に曰く、張世賢の一息一至の脈と為すは則ち訛なり、此れ二息二至の脈にして其の人必ず当に死すべきを言うなり。上部に脈ありて下部に脈なし、本義に曰く、此れ又た脈の有無を以て上下部の病を明かすなり。

現代語訳

本義の十五難の劈頭に置かれた割注(前難から続く前曲後居・脈の遅速・上下部の脈の有無をめぐる箇所)に、評林などを引いて講じた聞書抄。前曲後居の前後は寸尺でなく脈の始めと末で言うとし、素問岐伯の「一呼一吸に脈が三動して躁がしく、尺が熱ければ温病、尺が熱くなく脈が滑なら風病、渋なら痺」を評林により引き、玄臺の説は熊宗立と同じで、張世賢が前後を寸尺・大小を寒熱に分けるのは誤り、六至の脈には熱はあっても寒はないと知るべきだとする。一呼四至一吸四至以下は八動の脈の議論で、一息十至は死に至る「帰墓の脈」であり、沈細が現れれば陰の極まりで夜に病が加わり、浮大が現れれば陽の極まりで昼に病が加わるが、大小が定まらない乱れがなければ胃気がなお残り脈が平和だから危うくても治せる場合があると説く。「再呼一至再吸一至」を張世賢が一息一至とするのは誤りで、二息に二至の脈でその人は必ず死ぬのだとし、上部に脈があって下部に脈がないのは脈の有無で上下部の病を明かすものだという本義の説を引く。

立場

滑寿本義の十五難劈頭の割注(前曲後居や脈の遅速・上下部の脈の有無=前難から続く箇所)を対象に、評林・脈訣刊誤・本義等を引いて講じた聞書抄(rb00008889・rb00019981は同系)。張世賢説を誤りとし、一息十至の帰墓脈や胃気の有無による予後、二至の死脈などを論じる。

rb00019982・rb00004588・rb00004589難経達言 3巻(上中下)/達言の著者(和刻・按語主体)

出典:難経達言 3巻(上中下)(版本 rb00019982・rb00004588・rb00004589・達言の著者(和刻・按語主体))

原文

十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者四時之脈也……此四時之脈也。〔按語〕四藏之脈各形而至、莫不至兩手三部而然、主其時而知變、謂之規矩權衡。内經以至難經、見天成於人道、千古聖人之法不可易、言之以後人之言而爲支離於六部、密排高下之際、紊四時於三指、立之法而從則無所觀乎聖人。……曰氣之來、曰脈之來、一息之中致有天倪、緼緼之眞與中焦之和、散於肝而通於心而濡於脾而高於肺而下於腎者、跳然而出、婉然而入。胃者水穀之海、主稟四時、皆以胃氣爲本、是謂四時之變病、死生之要會也。〔按〕五藏者皆稟氣於胃、胃者五藏之本也、藏氣者不能自致於手太陰、必因於胃氣乃至於手太陰也。眞藏論曰、脾脈者土也、孤藏以灌四傍者也、善者不可得見、惡者可見。

書き下し文

十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり……此れ四時の脈なり。〔按語〕四蔵の脈は各おの形れて至り、両手三部に至りて然らざるはなし、其の時を主どりて変を知る、之を規矩権衡と謂う。内経より難経に至るまで、天の人道に成るを見わす、千古聖人の法は易うべからず、之を後人の言を以て六部に支離し、高下の際に密排し、四時を三指に紊し、法を立てて従わば則ち聖人を観る所なし。……気の来たると曰い、脈の来たると曰う、一息の中に天倪あるを致す、緼緼の真と中焦の和と、肝に散じて心に通じ脾に濡おい肺に高く腎に下る者、跳然として出で、婉然として入る。胃は水穀の海にして四時を主稟し、皆胃気を以て本と為す、是れを四時の変病、死生の要会と謂うなり。〔按〕五蔵は皆な気を胃に稟く、胃は五蔵の本なり、蔵気なる者は自ら手太陰に致すこと能わず、必ず胃気に因りて乃ち手太陰に至るなり。真蔵論に曰く、脾脈は土なり、孤蔵にして以て四傍に灌ぐ者なり、善なる者は見るを得べからず、悪なる者は見るべし。

現代語訳

本文の間に長い按語(自説の論)を挟むのが特色の和刻本。四臓の脈はそれぞれ姿を現して両手の三部に至り、その季節を主って変を知る、これを規矩権衡(基準)というとする。内経から難経に至るまで天の理が人の道に現れており、千古の聖人の法は変えられないのに、後人の言葉で脈を六部に細分し、上下に細かく並べ、四季を三本の指に乱して法を立てて従えば、聖人の本意を見失うと、当時の煩瑣な脈位論を批判する。「気の来る」「脈の来る」といっても一息の中に天の分け目があり、混然とした真気と中焦の和が肝に散じ心に通じ脾を潤し肺で高く腎で下り、跳ねるように出て婉やかに入るのだと述べる。胃は水穀の海で四季を主り、いずれも胃気を本とし、これが四季の変調の病・生死の要だとし、五臓はみな胃から気を受け、臓気は自力では手太陰(寸口)に至れず必ず胃気によって至ると説く。真蔵論の「脾は土で、孤立した臓として四方に灌ぐもの、良い(平和な)脈は見えず悪い脈だけが見える」を引く。

立場

本文の間に長い按語(自説)を挟み込む論説的な和刻本。四臓の脈を規矩権衡とし、後人が脈を六部に細分し四時を三指に乱すことを聖人の本意を失うと批判。胃気を五臓の本とし、臓気は胃気によってはじめて寸口に至ると説き、真蔵論の孤臓としての脾を引くなど、胃気中心の脈理を強い論調で展開する。

rb00004582難経管窺精義/著者未詳(和文交じり精義)

出典:難経管窺精義(版本 rb00004582・著者未詳(和文交じり精義))

原文

十五難、脾脈平和、精義第二十。十五難曰、脾者中州也、其平和不可得見、衰乃見耳、云云。〔精義〕素問天元紀・玉機眞藏論ニ平脾脈長夏脈ヲ説ク、此脾ノ平脈モ見ルベキト疑ヒ、越人ニ毫モ不合ニ似タリ。審ニ奧旨ヲ察スルニ各深意アリ、越人ハ四時ヲ主トシ云フ、素問ハ五行ヲ主トシ云フ。夫レ四時ヲ以テ論ズレバ、春夏秋冬ニ於テ弦鉤毛石ノ四脈ヲ見ハス、脾ノ脈專ラ四脈ノ中ニ寄寓シテ專ラ其脈ヲ見ハサズ、是越人脾ノ平脈不可見ト云者也。又五藏ヲ以テ論ズレバ、心肺肝腎上下分レ、脾土其中ニ居ス、一歳ヲ以テ云フトキハ長夏ハ金火ノ間ニ居シテ土ノ事主ナリ、和緩ノ象ヲ形容スベシ、是素問平脾脈長夏ノ脈ヲ説者ナリ。二經ノ説殊ナリト云ヘドモ其義悖ラズ、參看テ其理ヲ明スベシ。

書き下し文

十五難、脾脈平和、精義第二十。十五難に曰く、脾は中州なり、其の平和は見るを得べからず、衰えて乃ち見るるのみ、云云。〔精義〕素問の天元紀・玉機真蔵論に平脾脈・長夏脈を説く、此れ脾の平脈も見るべしと疑い、越人に毫も合わざるに似たり。審らかに奥旨を察するに各おの深意あり、越人は四時を主として云い、素問は五行を主として云う。夫れ四時を以て論ずれば、春夏秋冬に於て弦鉤毛石の四脈を見わし、脾の脈は専ら四脈の中に寄寓して専らには其の脈を見わさず、是れ越人が脾の平脈は見るべからずと云う者なり。又た五蔵を以て論ずれば、心肺肝腎は上下に分れ、脾土は其の中に居す、一歳を以て云う時は長夏は金火の間に居して土の事を主どるなり、和緩の象を形容すべし、是れ素問が平脾脈・長夏の脈を説く者なり。二経の説殊なりと云えども其の義悖らず、参看して其の理を明かすべし。

現代語訳

脾脈の平和をめぐる一段を「精義」として論じた和文交じりの版。難経が「脾は中央の臓で、その平和な脈は現れず衰えて初めて現れる」と言うのに対し、素問(天元紀論・玉機真蔵論)は平脾脈・長夏の脈を説くので、脾の平脈も見えるはずで越人とまるで合わないように見える、と疑問を立てる。しかしよく奥意を察すればそれぞれ深意があり、越人は四時を主として、素問は五行を主として言うのだと解く。四時で論ずれば春夏秋冬に弦鉤毛石の四脈が現れ、脾脈はその四脈の中に寄り添うだけで単独では現れない、これが越人の「脾の平脈は見えない」の意味だとする。一方、五臓で論ずれば心肺肝腎が上下に分かれ脾の土がその中央にあり、一年でいえば長夏が金と火の間にあって土の働きを主り、和やかで緩やかな象を示す、これが素問の平脾脈(長夏の脈)を説くものだとする。二経の説は異なるが意味は矛盾せず、両方を見合わせて理を明らかにすべきだと結ぶ。

立場

脾脈の平和を主題に据えた和文交じりの精義。難経が「脾の平脈は見えず衰えて現れる」と言うのと、素問が長夏の平脾脈を説くのとの矛盾を、越人は四時を主とし素問は五行を主とすると立て分け、四時では脾脈は四脈中に寄寓して単独では現れず、五行では中央の土として長夏に和緩の象を示すと調停し、二経の義は悖らないとする。

rb00004599難経或問 2巻附1巻/著者未詳(問答体)

出典:難経或問 2巻附1巻(版本 rb00004599・著者未詳(問答体))

原文

十五難、論四時之脈與内經不同、他無大異、而獨肝平脈與内經大不同。難經曰、氣來厭厭聶聶如循楡葉曰肝平、内經厭厭聶聶如落楡莢曰肺平、其言雖少異、所譬諭實同也。難經之譬諭於肝脈是者、内經之譬諭於肺脈非也。以何之譬諭爲當乎。對曰、恐難經所述肝肺之平脈其言前後錯簡歟。蓋肝平者和中帶微弦也、言厭厭聶聶如循榆葉則有輕浮潤滑之意而可象肺脈微毛之體、靄靄如車蓋之益大則其脈圓滑舒張而有帶微弦之體而象微毛不及。如此前後互看、則素難二經雖其言少異、於其理無異也。又問、鉤毛石之有實虛既是病脈也、然又重說一之病脈者何謂也。曰、虛實之脈者猶言強弱、其氣自有太過不及、未失藏胃之和而生病者也。若中和之氣衰而其本脈見多、則爲四時之病脈也、若中和之氣全絶而特見本藏之脈者、爲四時之死脈也。

書き下し文

十五難、四時の脈を論ずるは内経と同じからず、他は大異なきも、独り肝平脈は内経と大いに同じからず。難経に曰く、気来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを肝平と曰い、内経は厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、其の言少しく異なると雖も、譬諭する所は実は同じきなり。難経の肝脈に譬諭するを是とせば、内経の肺脈に譬諭するは非なり。何れの譬諭を以て当と為すや。対えて曰く、恐らくは難経の述ぶる所の肝肺の平脈は其の言前後錯簡ならんか。蓋し肝平は和中に微弦を帯ぶ、厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときと言えば則ち軽浮潤滑の意ありて肺脈微毛の体を象るべく、靄靄として車蓋の益ます大なるがごときと言えば則ち其の脈円滑舒張して微弦を帯ぶる体ありて微毛を象るには及ばず。此くのごとく前後互いに看れば、則ち素難二経は其の言少しく異なると雖も、其の理に於て異なるなし。又た問う、鉤毛石の実虚あるは既に是れ病脈なり、然るに又た重ねて一の病脈を説くとは何の謂ぞや。曰く、虚実の脈とは猶お強弱を言うがごとし、其の気に自ら太過不及ありて、未だ蔵胃の和を失わずして病を生ずる者なり。若し中和の気衰えて其の本脈の見わるること多ければ、則ち四時の病脈と為り、若し中和の気全く絶えて特に本蔵の脈のみを見わす者は、四時の死脈と為るなり。

現代語訳

問答体で難経の疑点を論ずる版。十五難の四時の脈は内経とほぼ違わないが、肝の平脈だけが大きく食い違う、すなわち難経は「厭厭聶聶如循楡葉」を肝平とするのに内経は同じ語を肺平とする、言葉は少し違うがたとえの内容は同じで、難経が肝脈にたとえるのが正しければ内経が肺脈にたとえるのは誤りになる、どちらが妥当かと問う。答えて、これは難経の記す肝と肺の平脈が前後で入れ替わった錯簡ではないかとし、肝平は和の中に微かな弦を帯びるもので、「楡葉をなでるよう」は軽く浮き潤い滑らかで肺脈の微毛の姿を象るのにふさわしく、「車蓋のように按ずるほど大きい(靄靄如車蓋)」こそ円く滑らかに張って微弦を帯びる肝の姿だから、両者を入れ替えて見れば素問と難経の理は一致すると解く。さらに、鉤毛石に実虚があるのは既に病脈なのに、なぜ重ねてもう一段の病脈を説くのかと問い、虚実の脈とは強弱のことで、気に太過不及はあってもまだ臓と胃の和を失わずに病むもの、中和の気が衰えて本脈が強く現れれば四時の病脈、中和の気が全く絶えて本臓の脈だけが現れれば四時の死脈になるのだと、平・病・死の別を中和の気の有無で説き分ける。

立場

問答体で難経の疑義を論ずる版。焦点は肝平脈の錯簡問題で、難経が「厭厭聶聶如循楡葉」を肝平・内経が肺平とする食い違いを前後錯簡とみて、肝平と肺平を入れ替えれば素難二経の理は一致すると解く。さらに虚実(強弱)の病脈と、中和の気の衰・絶による病脈・死脈を区別し、平病死を胃の中和の気の有無で説き分ける。

rb00004584(由頤先生)難経考/由頤先生

出典:(由頤先生)難経考(版本 rb00004584・由頤先生)

原文

十五難、或曰、難經謂春脈氣來厭厭聶聶如循楡葉曰平、素問人氣象論曰平肝脈來耎弱招招如揭長竿末梢曰肝平、又平肺脈厭厭聶聶如落楡莢曰肺平、越人以平肝脈與平肺同、有說乎。曰、越人探經旨而論之、蓋厭厭聶聶恬靜和緩之謂、實胃氣也。楡葉似山茱萸葉、滑澤、以脈言之濡弱輕虛而滑、端直而以長、此肝實胃氣之脈、雖曰如揭長竿末梢、蓋長乎象長脈、末梢輕虛而和緩、以此象胃氣、文與經不同、理則一也、豈何疑哉。秋脈氣來藹藹如車蓋、按之益大以爲平脈、藹藹衆多皃、來疾之象、車蓋輕而虛之象、輕虛以浮則胃氣也。

書き下し文

十五難、或るひと曰く、難経は春脈の気来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と謂い、素問の平人気象論に曰く平肝脈の来たること耎弱招招として長竿の末梢を揭ぐるがごときを肝平と曰い、又た平肺脈は厭厭聶聶として落つる楡莢のごとしと曰う、越人は平肝脈を以て平肺と同じくす、説ありや。曰く、越人は経旨を探りて之を論ず、蓋し厭厭聶聶は恬静和緩の謂、実に胃気なり。楡葉は山茱萸の葉に似て滑沢なり、脈を以て之を言えば濡弱軽虚にして滑、端直にして以て長し、此れ肝の実に胃気の脈なり、如揭長竿末梢と曰うと雖も、蓋し長は長脈を象り、末梢は軽虚にして和緩、此れを以て胃気を象る、文は経と同じからざるも理は則ち一なり、豈に何ぞ疑わんや。秋脈の気来たること藹藹として車蓋のごとく、之を按じて益ます大なるを以て平脈と為す、藹藹は衆多の皃、来疾の象、車蓋は軽くして虚の象、軽虚にして浮くは則ち胃気なり。

現代語訳

難経の疑点を考証する版で、肝平脈の内経との食い違いを扱う。ある人が、難経は春の脈が「厭厭聶聶如循楡葉」なのを平とするが、素問の平人気象論では平肝脈は「柔らかくゆらゆらと長竿の先端をかかげるよう」、平肺脈こそが「厭厭聶聶如落楡莢」であり、越人は肝の平脈を肺の平脈と同じにしている、説明があるか、と問う。答えて、越人は経の趣旨を探って論じたのであり、「厭厭聶聶」は静かで和やかで緩やかなさま、まさに胃気を指すのだとする。楡の葉は山茱萸の葉に似て滑らかで、脈でいえば柔らかく軽く虚ろで滑らか・まっすぐで長く、これこそ肝に胃気が備わった脈で、「長竿の先端をかかげるよう」と言っても長は長脈を、末梢の軽虚で和やかなさまは胃気を象るので、文言は経と違っても理は一つだ、何も疑うことはないとする。秋脈の「藹藹如車蓋、按之益大」も、藹藹は多く集まるさまで来るのが速い象、車蓋は軽く虚ろな象で、軽虚に浮くのが胃気だと解する。

立場

難経の疑義を考証する版で、肝平脈が内経と食い違う問題(難経の肝平=素問の肺平)を扱う。越人は経旨を探って論じたのであり、厭厭聶聶は恬静和緩=胃気の形容で、文言は素問と異なっても理は一つだとして錯簡説をとらず調停する。藹藹如車蓋も軽虚に浮く胃気の象と解する。

rb00003590新編俗解八十一難経図要/図解者未詳(俗解)

出典:新編俗解八十一難経図要(版本 rb00003590・図解者未詳(俗解))

原文

十五難、四時胃氣之圖。春肝、萬物始生・未有枝葉、來如循長竿・益實而滑、弦―微弦―弦多―但弦。夏心、萬物既茂・垂枝布葉、來如連珠・前曲後居如操帶鉤、鉤―微鉤―鉤多―但鉤。四季脾、脾象中州脈之平和不可得見、水穀之海、來如雀之啄・如水之下漏、脾―無胃氣。秋肺、萬物萎落・華葉而落、不上不下如循鷄羽・按之蕭索如風吹毛、毛―微毛―毛多―但毛。冬腎、萬物之藏・水凝如石、來如解索去如彈石、石―微石―石多―但石。(別に五藏正色臭味形數藏府之圖を掲げ、肝は東・震・木・青・呼・酸・怒・筋・目・三八、心は南・離・火・赤・苦・笑・血脈・舌・二七、脾は中央・坤・土・甘・思・歌・肌肉・口・五十、肺は西・兌・金・白・辛・悲・皮毛・鼻・四九、腎は北・坎・水・鹹・恐・骨・耳・一六を配す。)

書き下し文

十五難、四時胃気の図。春の肝、万物始めて生じ・未だ枝葉あらず、来たること長竿を循づるがごとく・益ます実にして滑、弦―微弦―弦多―但弦。夏の心、万物既に茂り・枝を垂れ葉を布く、来たること連珠のごとく・前は曲がり後は居して帯鉤を操るがごとし、鉤―微鉤―鉤多―但鉤。四季の脾、脾は中州を象り脈の平和は見るを得べからず、水穀の海、来たること雀の啄むがごとく・水の下に漏るるがごとし、脾―胃気なし。秋の肺、万物萎落し・華葉落つ、上らず下らず鷄羽を循づるがごとく・之を按ずれば蕭索として風の毛を吹くがごとし、毛―微毛―毛多―但毛。冬の腎、万物の蔵・水凝りて石のごとし、来たること解索のごとく去ること弾石のごとし、石―微石―石多―但石。(別に五蔵の正色・臭・味・形・数と蔵府の図を掲げ、肝は東・震・木・青・呼・酸・怒・筋・目・三八、心は南・離・火・赤・苦・笑・血脈・舌・二七、脾は中央・坤・土・甘・思・歌・肌肉・口・五十、肺は西・兌・金・白・辛・悲・皮毛・鼻・四九、腎は北・坎・水・鹹・恐・骨・耳・一六を配す。)

現代語訳

十五難の内容を一目で分かる図に仕立てた俗解の図説本。「四時胃気の図」として、春の肝(万物が生じ始め枝葉がなく、脈は長竿をなでるよう・いっそう実して滑らか、弦→微弦→弦多→但弦)、夏の心(万物が茂り枝葉が垂れ、脈は連珠のよう・前曲後居して帯の鉤を握るよう、鉤→微鉤→鉤多→但鉤)、四季にわたる脾(中央を象り平和な脈は見えず、水穀の海、脈は雀のついばむよう・水が漏れるよう、脾→胃気なし)、秋の肺(万物が萎え葉が落ち、上りも下りもせず鶏の羽をなでるよう・按ずると寂しく風が毛を吹くよう、毛→微毛→毛多→但毛)、冬の腎(万物が蔵まり水が石のように凝り、来るのが縄をほどくよう去るのが石をはじくよう、石→微石→石多→但石)を並べ、平・病・死へと胃気が減っていく段階を図式化する。あわせて五臓の色・臭・味・数などを配当した臓腑の図を掲げる。

立場

十五難を「四時胃気之図」に図式化した俗解の図説本。五臓ごとに季節・万物の象・平脈の形容・死脈の語を並べ、弦→微弦→弦多→但弦のように胃気が減じて平・病・死へ移る段階を一覧化する。さらに五臓の色・臭・味・志・体・数を配した臓腑図を添え、視覚的な理解を助けるのが特色。

三つの視点から読む(文献学・臨床・理論)

※ ここは確定した定説ではなく、古典文献を三つの視点から読み解いた解釈です。色付きの文献名は、その視点が根拠とした難経の版で、クリックすると上の該当カードが開きます。今後さらに検証していきます。

第十五難は、春の弦・夏の鉤・秋の毛・冬の石という四季それぞれの脈が正常な旺脈か病脈かを問い、いずれも季節の気に順った四時の脈だと答える段です。三つの視点は一つの理に収斂します。まず四脈は天地の気の運動を写す鏡であり、春の木が万物始生の柔らかな伸びに応じて濡弱にして長い弦を、夏の火が陽の極盛に来疾去遅の鉤を、秋の金が収斂に軽虚浮の毛を、冬の水が閉蔵に沈石をなす。生・長・収・蔵の一年の螺旋が、そのまま指下の脈象に翻訳されています。診断ではこの季節脈を基準に、脈気が実して強すぎる太過は「病外に在り」、虚して微かな不及は「病内に在り」と、表裏虚実の見当をその場でつけます。そして予後を分ける決め手が胃気です。わずかに季節の色を帯びつつ底に和緩でなめらかな水穀の気が残れば平(生)、季節脈が剥き出しに強く出て胃気が乏しければ病、胃気がまったく失せて弦だけ・石だけの真臓脈(新張弓弦・解索弾石など)になれば死。目立たぬ中央土=脾胃の和が四時を支え、脾の脈が雀啄・屋漏として姿を現すのは崩壊の兆しにほかなりません。四時を貫く胃気の理こそ、天地と人身を一気で結ぶ生死の要会だといえます。

文献学の視点

第十五難は「経に言ふ、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石」を掲げ、これが旺脈(王脈)か病脈かを問い、いずれも四時の脈であって、太過(病外に在り)・不及(病内に在り)を経つつ胃気の有無が平・病・死を分かつと答える段である。文献学的にまず問われるのは出典で、滑壽『本義』は本篇を『素問』平人気象論・玉機真蔵論の文を「参錯」して成るとし、葉霖・黄元御も両篇に帰する。黄元御はその語がやや顛倒すると評し、事実、素問で毛(肺平)を形容する「厭厭聶聶、楡莢に落つるがごとし」を越人は春の弦(肝平)に転じ、「雞の足を挙ぐるがごとし」(素問では脾病)、「藹藹として車蓋のごとし」(仲景の陽結)なども位置がずれる。和刻の考証系『難経経釈』(版[14])は「今引きて肝平と為すは恐らく合はず」「亦た誤」と逐一を指摘し、『輯釈備考』(版[13])は薛庭説・新校正を引いて同様に正す。これらは越人が脈を平易に約言・再配置した痕跡である。

用字・本文異同では、冬の平脈「如雀之喙」(底本・本義本[15])を和刻諸版が「如雀之啄」に作る例が多い(版[1][2][6][14])。喙(嘴=上大下兌の形象)と啄(ついばむ=脾の死・不及脈)は本来別義で、「啄」は誤りに傾く。春の平脈も底本「気来厭厭聶聶」に対し達言系(版[1][6][8])は「脈来」と作り、『難経註疏』(版[10])はこれを「内経すでに脈と言ふを、難経は気と変じて言ふ」と注し、胃気を主とする越人の意図に結ぶ。「太過」を『難経発揮』(版[2])は一貫して「大過」に作り、「王脈耶」を本義・経釈本は「王脈邪」(耶・邪通用)、鉤/鈎・榆/楡の異体も版[5][12][13][17]に併存する。

版系統では、『本義』の一本(版[4])が冒頭を「然者何謂也、然者四時之脈也」と作り「弦鉤毛石者」を欠く異文を示し、『難経註疏』(版[17])は「是王脈也、然鉤毛石者」と「弦」字を脱する明白な刻誤を含む。『輯釈備考』(版[13])は玉機真蔵論新校正に拠り「脈来」下の「之」字などを刪り、聖恵方の「而」字の有無まで注する考証的態度を見せる。

注家の系統差も本文理解を左右する。最古の呂廣は五行配当から脈理を説き、『難経註疏』(版[10])は「腎の状は水に法り…実牢なること石のごとし」という呂氏佚文を伝える。宋の虞庶・丁德用は太過不及を臓腑の内外証に配し、末尾の脾脈段では和刻本の結句が「水の下に漏る」「水の流るる」(版[6])と分岐する。虞庶は「雀啄=不及、水下漏=太過」と、真蔵論(水流=太過、鳥喙=不及)に逆らって読む。本篇が内経の再編である以上、諸本の異同は多くが論旨に影響しないが、喙/啄・気来/脈来・脱字の別は看過できない。

臨床の視点

第十五難は、春の弦・夏の鉤・秋の毛・冬の石という四季それぞれの脈が、正常な旺脈なのか病脈なのかを問い、脈診の実際に踏み込んで答える段です。臨床家として注目したいのは、この難が「季節ごとの平脈の基準値」と「そこからの逸脱の読み方」、そして「予後を分ける決め手」を三段構えで示している点です。

まず基準となる四時の脈は、指頭に伝わる触感として捉えます。春の弦は柔らかく細長く弓弦をなでるよう、夏の鉤は来るのが速く去るのが遅い前曲後居の張り、秋の毛は軽く浮いて羽をなでるよう、冬の石は沈んで滑らかに沈み込む。これらは季節の陽気の消長そのもので、和刻本『難経本義』の欄外図(滑壽の系統)は陰陽平等・怒張・斂降として図解し、臨床の物差しにせよと説きます。同じ人でも季節が変われば正常な脈象がずれるため、冬に毛脈が触れれば季節に反する変と読むわけです。

診断で要となるのが太過と不及の弁別です。脈気が実して強すぎるのが太過で「病は外(表)にあり」、虚して微かなのが不及で「病は内(裏)にあり」。同じ季節脈でも、指を押し返す力が強ければ表証・実証寄り、力なく沈めば裏証・虚証寄りと、表裏虚実の見当をその場でつけられます。虞庶や葉霖は『素問』玉機真蔵論を引き、夏の太過なら身熱・皮膚痛、不及なら煩心・咳嗽と具体的な病能に結びつけており、脈から病位・病性を推す診法として読めます。

予後判定の核心が胃気です。微かに弦・鉤・毛・石を帯びる程度で、底に和緩でなめらかな調子(水穀の気)が残っていれば平(生)、季節脈が強く出て胃気が乏しければ病、胃気がまったく失せて弦だけ・石だけになれば死。丁德用が強調するように、四時の脈が単独で剥き出しになるのは胃気消失の危険信号です。新張弓弦・帯鉤・風吹毛・解索弾石という死脈の形容は、底の柔らかさが抜けた真臓脈で、臨床では治療対象というより見立ての限界を告げる所見と心得ます。

補瀉配穴の観点では、太過(表・実)には瀉して過剰な気を鎮め、不及(裏・虚)には補って内を養うのが筋道となり、いずれも各臓の胃気を損なわぬことが大前提です。末尾の脾脈の記述は、健やかな中土は脈に現れず、雀啄・屋漏のように現れた時はすでに衰えの徴だと戒めており、後天の本たる脾胃を守ることの臨床的重みを最後に念押ししています。

理論・数理の視点

第十五難は、春の弦・夏の鉤・秋の毛・冬の石という四時の脈が、正常の旺脈か病脈かを問い、いずれも季節の気に順った王脈であると答える段です。ここで語られているのは、人体の脈が天地の気の運動をそのまま写しとる鏡だという、天人相応の根本理法にほかなりません。

理論家の目で見れば、四脈は五行の生成消長そのものです。春は東方の木、肝が万物始生の柔らかな伸びに応じて濡弱にして長く弦となり、夏は南方の火、心が陽の極盛にあって来疾去遅の鉤を成し、秋は西方の金、肺が万物収斂の候に軽虚浮の毛を現し、冬は北方の水、腎が閉蔵凝結の気を受けて沈濡滑の石をなす。生・長・収・蔵という一年の気の螺旋が、そのまま指下の脈象に翻訳されているのです。滑壽が『素問』平人気象論・玉機真蔵論を参錯した篇と整理し、四臓が各々その象に応ずと説くのも、この気の対応関係を明らかにするためでした。

数理と気論の核心は「胃気を本と為す」の一句にあります。木火金水の四方の気は、中央土すなわち脾胃の和気に養われて初めて偏りなく循る。ゆえに脈は「微かに弦」「微かに鉤」と、季節の色をわずかに帯びるのが平とされます。李駉が一分の胃気に二分の臓気を配して平脈を説くように、ここには中を得て四を養う数理の均衡がある。虞庶が胃は辰戌丑未に旺じて四時を主稟すると述べたのも、土が四季の交わり目に働いて四行を貫くという配当を示しています。

太過・不及の理も気の消息として読めます。実強に過ぐるは陽気の外へ溢れ出る太過ゆえ病は外に、虚微に足らざるは陰の内に萎む不及ゆえ病は内にある。気の升降出入の度が乱れた姿が、そのまま脈の変となって顕れるのです。

そして脾の脈は平和のときには見えず、衰えて雀啄・水漏として現れる、と結ばれます。丁德用や葉霖が指摘するこの一節は、中央土=胃気が姿を隠して四時を支える宇宙論的な原理を語ります。目立たぬ中和こそ生命の根柢であり、それが露わになるのは崩壊の兆し。四時の脈を貫く胃気の理は、天地と人身を一つの気で結ぶ、生死の要会だといえましょう。

三つの視点で見解が分かれた点

見解が割れたのは主に本文と配当の解釈です。第一に本篇の出典と構成。滑寿は『素問』平人気象論・玉機真蔵論を「参錯」して成るとし、黄元御は語の位置がやや顛倒すると評します。実際、素問で肺平(毛)を形容する「厭厭聶聶」を越人は春の弦に転ずるなど再配置の痕があり、『経釈』『輯釈備考』は「肝平と為すは合わず」と逐一正します。第二に用字。冬の平脈「如雀之喙」を和刻多数が「如雀之啄」に作りますが、喙(嘴)と啄(ついばむ=脾の死脈)は別義で「啄」は誤りに傾きます。「気来」と「脈来」(達言系)の別も胃気を主とする越人の意図に関わります。第三に脾脈段の読み。虞庶は真蔵論(水流=太過・鳥喙=不及)に逆らい「雀啄=不及・水下漏=太過」と読み、和刻本の結句も「水の下に漏る」「水の流るる」に分岐します。