Founder’s statement

はじめに

なぜ古典を学び、なぜMLMN理論にたどり着いたのか。
石原幸一がWisdom Terraを立ち上げるまで。

Wisdom Terraは、私、石原幸一が、東洋医学の古典と目の前の患者を結び直すために立ち上げた研究・教育プロジェクトです。

完成された答えを示すためのサイトではありません。古典の記述、歴代医家の理論、腹診・脈診を含む身体所見、そして臨床で得られる情報を、どのように重ね合わせれば一人の人間をより深く理解できるのか。その問いに向き合い続けるための公開基盤です。

出発点――教科書の外にある身体

私が鍼灸の道を志した頃、目の前にあった中心的な学問は現代中医学(TCM)でした。理論が整理され、教育しやすく、机上では非常に理解しやすい体系です。私は神戸中医学研究会が発行する脈診の書籍を熟読しました。しかし、実際に触れたことのない脈は、図表だけで簡単に理解できるものではありませんでした。紙面の上で整理された分類と、指先に現れる身体との間には距離がある。そのことが、私の最初の問題意識になりました。

『難経』から『素問』『霊枢』へ

その後、『難経』に出会いました。読むほどに、『難経』の奥行きを理解するには、その基盤にある『素問』『霊枢』を読まなければならないと気づきました。東洋医学を深く学ぶには、簡略化された現代の体系だけでなく、古典そのものに戻る必要がある。そう考えるようになりました。

現代中医学を否定することが目的ではありません。標準化された一つの体系だけでは、目の前の患者が持つ複雑さを捉えきれない場面がある。私の臨床経験の中で、その限界を繰り返し感じたということです。

古典の読み方と、師との出会い

模索を続ける中で、池田政一氏の『臨床に生かす古典の学び方――素問・霊枢・難経から』に出会い、古典を臨床へつなぐ読み方を学びました。その後、北辰会代表・藤本蓮風氏のセミナーや著作から学び、さらに、私にとって最後の恩師となる藤本和風氏との巡り合わせを得ました。藤本和風氏からは、古典医学と鍼灸を、知識ではなく目の前の身体に適合させるための多くの教えを受けました。

これらの学びを臨床で応用するにつれ、理論は患者に合わせて使うものであり、患者を一つの理論へ押し込めるものではないという思いが、次第に明確になっていきました。

一つの「証」だけでは見えないもの

弁証論治は、東洋医学の重要な臨床方法です。しかし、患者を早い段階で一つの証へまとめると、同時に存在する別の情報が見えにくくなることがあります。王叔和の『脈経』、李時珍の『瀕湖脈学』『奇経八脈考』、李東垣の脾胃論、朱丹溪の滋陰論をはじめ、歴代医家は異なる角度から身体を捉えてきました。

現場では、ある患者には李東垣の視点が重要であり、別の局面では李時珍の脈の捉え方や朱丹溪の理論が重要になることがあります。どれか一つを唯一の正解とするのではなく、複数の情報と理論を重ね合わせなければ、一人の人体の構造は見えてこない。私はそのように考えるようになりました。

宇津木昆台『医学警悟』から、MLMNへ

もちろん当時、私はほかの名医たちの書籍も数多く読み漁っていました。宇津木昆台についても名前は知っていましたが、どのような業績を残した人物なのかは、まだ十分に理解していませんでした。そうした中で、恩師から宇津木昆台を研究するよう勧められました。そこで昆台の『医学警悟』を読み進め、その思考に触れました。昆台は、宿・因・本・病・診・証・名・治という「八条目」を立てています。前半の宿・因・本・病は、医者が診察する以前から患者側に備わる条件を整理し、後半の診・証・名・治は、それらを診察から治療へ接続する医者側の過程を示します。

さらに『医学警悟』では、六経、三焦、相火、気血津液、経絡、腹候など、身体を捉える複数の理論軸が相互に論じられています。このように、一つの病名や証だけではなく、複数の情報を重ねて患者を捉える昆台の思考は、私が臨床の中で抱いていた問題意識と響き合うものでした。

私は、宇津木昆台は江戸期の優れた医家・著述家の中でも、ひときわ重要な人物であったと考えています。私にとって吉益東洞は、腹診から腹中の「毒」を推察する天才ともいうべき存在です。昆台は、その実証主義を受け継ぎながら、六経、三焦、相火、気血津液、経絡などを用いて、さらに理論へ展開した大きな才能の持ち主でした。

昆台は、神・儒・仏・老・医の五つの学を修めたとして「五足斎」と称しました。この名も、彼が医学だけに閉じることなく、複数の思想と学問を横断した人物であったことを物語っています。私には、その知的な広さそのものが、昆台の非凡さを示しているように思われます。

私は、そんな昆台にどうしても一礼したいと思い、墓所を探し当てて挨拶に参りました。その際、寺を世話されていた年配の女性から、昆台のご子孫がいらっしゃると聞きました。そこで私は、「昆台先生の学説を世に出すために、一礼に参りました」という趣旨の一筆を残しました。その後、ご子孫の方も私と連絡を取りたがっている、という知らせまでいただきました。このご縁については、後日談として、いずれ改めて書きたいと思っています。

私はこの多層的な思考を臨床で応用し、病因、体質、臓腑、気血津液、経絡、六経、三焦、相火、環境、時間という10の層として検討する枠組みを構想しました。それが、Multi-Layered Meta-Network Theory(MLMN/多層階層ネットワーク理論)です。『医学警悟』の八条目をそのまま10項目へ置き換えたものではなく、昆台の臨床推論に学びながら、古典文献と現場での検証を通して独自に再構成したものです。

宇津木昆台と『医学警悟』については、医学警悟/宇津木昆台および八条目「宿・因・本・病」で原文との照合作業を公開しています。

現時点では、臨床上の検証と古典文献との照合を重ねた結果、10の層が必要だと考えています。今後の研究によって、名称、定義、層の関係は変更される可能性があります。MLMNは完成した標準理論ではなく、臨床推論を記述し、検証可能にするための研究中の提案です。

MLMNが目指すもの: 弁証論治を否定することではなく、弁証論治を複数の角度から点検し、判断の根拠と見落とした可能性を明示することです。患者ごとに必要な層を選び、より精度の高い漢方指導と鍼灸臨床につなげるための思考支援を目指します。

なぜ日本漢方を世界へ伝えるのか

中国の古典文献は、東洋医学の源流として不可欠です。日本の医家たちは、それらを受け入れた後、日本の風土と臨床の中で分解し、読み直し、患者の身体で検証してきました。とくに江戸期には多様な学派と臨床実践が発展し、日本漢方は腹診という特色ある身体診察の体系を深めました。

気・血・津液の偏りや、古典医学で「毒」「邪気」などと表現されてきた病的な偏在を、腹部の所見からどのように捉えてきたのか。この日本独自の検証の歴史は、英語圏ではまだ十分に共有されていません。Wisdom Terraでは、中国古典の原義、日本での受容と再構成、現代臨床への接続を区別しながら伝えていきます。

読者の皆様へ

このサイトを通じて、まず古典文献そのものに出会っていただきたいと願っています。そして、古典を権威として掲げるだけでなく、原文、解釈、臨床上の仮説、検証段階を区別し、反証や改訂に開かれた形で共有していきます。

一人の患者を一つの言葉だけで理解しないために。古典の知を保存するだけでなく、現代の臨床で再び働く言葉にするために。これがWisdom Terraを立ち上げた理由です。

石原幸一

Wisdom Terra創設者・研究責任者。東洋医学古典、鍼灸、日本漢方、腹診と臨床推論の構造化に取り組む。

ORCID 0009-0001-0021-3191

MLMN理論を読む研究上の位置づけと安全事項

本ページは石原幸一の口述をもとに、公開用として編集した創設者声明です。固有名詞と書誌情報を確認し、過度な一般化を避けて構成しています。治療効果を保証するものではありません。