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經言春脈弦,夏脈鉤,秋脈毛,冬脈石,是王脈耶?將病脈也? 然:弦鉤毛石者,四時之脈也。春脈弦者,肝東方木也,萬物始生,未有枝葉,故其脈之來,濡弱而長,故曰弦。夏脈鉤者,心南方火也,萬物之所茂,垂枝布葉,皆下曲如鉤,故其脈之來疾去遲,故曰鉤。秋脈毛者,肺西方金也,萬物之所終,草木華葉,皆秋而落,其枝獨在,若毫毛也,故其脈之來,輕虛以浮,故曰毛。冬脈石者,腎北方水也,萬物之所藏也,盛冬之時,水凝如石,故其脈之來,沉濡而滑,故曰石。此四時之脈也。 如有變奈何? 然:春脈弦,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內。氣來厭厭聶聶,如循榆葉曰平,益實而滑,如循長竿曰病,急而勁益強,如新張弓弦曰死。春脈微弦曰平,弦多胃氣少曰病,但弦無胃氣曰死,春以胃氣為本。 夏脈鉤,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內。其脈來累累如環,如循琅玕,曰平,來而益數,如雞舉足者曰病。前曲後居,如操帶鉤曰死。夏脈微鉤曰平,鉤多胃氣少曰病,但鉤無胃氣曰死。夏以胃氣為本。 秋脈毛,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內。其脈來藹藹如車蓋,按之益大曰平。不上不下,如循雞羽曰病,按之蕭索,如風吹毛曰死。秋脈微毛曰平。毛多胃氣少曰病,但毛無胃氣曰死,秋以胃氣為本。 冬脈石,反者為病。何謂反?然:其氣來實強,是謂太過,病在外;氣來虛微,是謂不及,病在內,脈來上大下兌,濡滑如雀之喙曰平,啄啄連屬,其中微曲曰病。來如解索,去如彈死曰死。冬脈微石曰平,石多胃氣少曰病,但石無胃氣曰死,冬以胃氣為本。 胃者,水穀之海,主稟四時,皆以胃氣為本,是謂四時之變病,死生之要會也。脾者,中州也,其平和不可得見,衰乃見耳,來如雀之啄,如水之下漏,是脾衰見也。
經に言ふ、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、將た病脈なるか。
然り、弦鉤毛石は、四時の脈なり。春脈の弦なるは、肝は東方の木なり、萬物始めて生じ、未だ枝葉有らず、故に其の脈の來たるや、濡弱にして長し、故に弦と曰ふ。夏脈の鉤なるは、心は南方の火なり、萬物の茂る所、枝を垂れ葉を布き、皆下に曲がること鉤のごとし、故に其の脈の來たること疾く去ること遲し、故に鉤と曰ふ。秋脈の毛なるは、肺は西方の金なり、萬物の終はる所、草木の華葉、皆秋にして落ち、其の枝獨り在ること毫毛のごとし、故に其の脈の來たるや、輕虛にして以て浮く、故に毛と曰ふ。冬脈の石なるは、腎は北方の水なり、萬物の藏まる所なり、盛冬の時、水凝りて石のごとし、故に其の脈の來たるや、沉濡にして滑なり、故に石と曰ふ。此れ四時の脈なり。
如し變有らば奈何。
然り、春脈は弦なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。氣の來たること厭厭聶聶として、榆葉を循づるがごときを平と曰ひ、益ます實にして滑、長竿を循づるがごときを病と曰ひ、急にして勁く益ます強く、新たに張れる弓弦のごときを死と曰ふ。春脈微かに弦なるを平と曰ひ、弦多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ弦のみにして胃氣無きを死と曰ふ。春は胃氣を以て本と為す。
夏脈は鉤なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。其の脈の來たること累累として環のごとく、琅玕を循づるがごときを平と曰ひ、來たりて益ます數なること、雞の足を舉ぐるがごとき者を病と曰ひ、前は曲がり後は居して、帶鉤を操るがごときを死と曰ふ。夏脈微かに鉤なるを平と曰ひ、鉤多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ鉤のみにして胃氣無きを死と曰ふ。夏は胃氣を以て本と為す。
秋脈は毛なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。其の脈の來たること藹藹として車蓋のごとく、之を按じて益ます大なるを平と曰ひ、上らず下らず、雞羽を循づるがごときを病と曰ひ、之を按じて蕭索たること、風の毛を吹くがごときを死と曰ふ。秋脈微かに毛なるを平と曰ひ、毛多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ毛のみにして胃氣無きを死と曰ふ。秋は胃氣を以て本と為す。
冬脈は石なり、反する者は病と為す。何をか反と謂ふ。然り、其の氣の來たること實強なる、是れを太過と謂ひ、病外に在り。氣の來たること虛微なる、是れを不及と謂ひ、病內に在り。脈の來たること上は大に下は兌く、濡滑にして雀の喙のごときを平と曰ひ、啄啄として連屬し、其の中微かに曲がるを病と曰ひ、來たること解索のごとく、去ること彈石のごときを死と曰ふ。冬脈微かに石なるを平と曰ひ、石多く胃氣少なきを病と曰ひ、但だ石のみにして胃氣無きを死と曰ふ。冬は胃氣を以て本と為す。
胃は水穀の海にして、四時を主稟し、皆胃氣を以て本と為す、是れを四時の變病、死生の要會と謂ふなり。脾は中州なり、其の平和は見ることを得べからず、衰へて乃ち見るるのみ、來たること雀の啄むがごとく、水の下に漏るるがごときは、是れ脾の衰の見るるなり。
古典說“春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石”,這是旺盛(正常)的脈,還是病脈?答:弦、鉤、毛、石是四季各自的脈。春脈弦,因爲肝屬東方木,萬物初生、尚無枝葉,脈來柔弱而長,故稱弦。夏脈鉤,因爲心屬南方火,萬物繁茂,枝葉垂布,向下彎曲如鉤,脈來快去慢,故稱鉤。秋脈毛,因爲肺屬西方金,草木花葉秋落,只餘枝條如毫毛,脈來輕虛而浮,故稱毛。冬脈石,因爲腎屬北方水,萬物閉藏,嚴冬水凝如石,脈來沉、柔而滑,故稱石。這就是四季之脈。若有變化如何?春脈本弦,違逆者爲病。所謂違逆,脈氣來得實而強爲太過,病在外(表);虛而微爲不及,病在內。脈氣平和舒緩,如撫榆葉爲平(正常);更實而滑,如撫長竿爲病;急硬而強,如新張弓弦爲死。春脈微弦爲平,弦多胃氣少爲病,只有弦而無胃氣爲死,春以胃氣爲本。夏脈本鉤,違逆者爲病。實強爲太過(病在外),虛微爲不及(病在內);脈來連續如環、如撫琅玕爲平,更快如雞舉足爲病,前曲後居如握帶鉤爲死。夏脈微鉤爲平,鉤多胃氣少爲病,只有鉤而無胃氣爲死,以胃氣爲本。秋脈本毛,違逆者爲病。實強爲太過(外),虛微爲不及(內);如車蓋蓬鬆,按之更大爲平,不上不下如撫雞羽爲病,按之蕭索如風吹毛爲死。秋脈微毛爲平,毛多胃氣少爲病,只有毛而無胃氣爲死,以胃氣爲本。冬脈本石,違逆者爲病。實強爲太過(外),虛微爲不及(內);上大下尖,柔滑如雀喙爲平,啄啄相連、其中微曲爲病,來如解索、去如彈石爲死。冬脈微石爲平,石多胃氣少爲病,只有石而無胃氣爲死,以胃氣爲本。胃爲水穀之海,主四時,皆以胃氣爲本,這就是四時變化之病、生死的關鍵會合處。脾居中央(中州),平和之脈不顯,衰弱後才顯。脈如雀啄、如水向下漏,便是脾衰的表現。
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出處:《難經本義》二卷(底本)(版本rb00004596,滑壽〔滑伯仁〕)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者、肝東方木也、萬物始生、未有枝葉、故其脈之來濡弱而長、故曰弦。夏脈鉤者、心南方火也、萬物之所茂、垂枝布葉、皆下曲如鉤、故其脈之來疾去遲、故曰鉤。秋脈毛者、肺西方金也、萬物之所終、草木華葉皆秋而落、其枝獨在若毫毛也、故其脈之來輕虛以浮、故曰毛。冬脈石者、腎北方水也、萬物之所藏也、盛冬之時水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。如有變奈何。然、春脈弦、反者爲病、其氣來實強是謂太過病在外、氣來虛微是謂不及病在內。氣來厭厭聶聶如循榆葉曰平、益實而滑如循長竿曰病、急而勁益強如新張弓弦曰死。春脈微弦曰平、弦多胃氣少曰病、但弦無胃氣曰死、春以胃氣爲本。(夏鉤・秋毛・冬石も各々平病死を同例に説く。)胃者水穀之海、主稟四時、皆以胃氣爲本、是謂四時之變病、死生之要會也。脾者中州也、其平和不可得見、衰乃見耳、來如雀之啄、如水之下漏、是脾衰見也。 〔滑壽注〕此内經平人氣象・玉機眞藏論、參錯其文而爲篇也。春脈弦者肝主筋、應筋之象。夏脈鉤者心主血脈、應血脈來去之象。秋脈毛者肺主皮毛、冬脈石者腎主骨、各應其象、兼以時物之象取義也。來疾去遲、劉立之曰、來者自骨肉之分而出於皮膚之際、氣之升而上也。去者自皮膚之際而還於骨肉之分、氣之降而下也。如有變奈何、脈逆四時之謂變。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは、肝は東方の木、万物始めて生じ未だ枝葉あらず、故に其の脈の来たるや濡弱にして長し、故に弦と曰う。夏脈の鉤なるは、心は南方の火、万物の茂る所、枝を垂れ葉を布き皆下に曲がること鉤のごとし、故に其の脈の来たること疾く去ること遅し、故に鉤と曰う。秋脈の毛なるは、肺は西方の金、万物の終わる所、枝独り在ること毫毛のごとし、故に其の脈の来たるや軽虚にして浮く、故に毛と曰う。冬脈の石なるは、腎は北方の水、万物の蔵まる所、盛冬に水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。如し変あらば奈何。然り、春脈は弦、反する者を病と為す。其の気の来たること実強なるを太過と謂い病外に在り、気の来たること虚微なるを不及と謂い病内に在り。気の来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と曰い、益ます実にして滑、長竿を循づるがごときを病と曰い、急にして勁く益ます強く、新たに張れる弓弦のごときを死と曰う。春脈微かに弦なるを平と曰い、弦多く胃気少なきを病と曰い、但だ弦のみにして胃気無きを死と曰う。春は胃気を以て本と為す。(夏の鉤・秋の毛・冬の石も各々平・病・死を同例に説く。)胃は水穀の海にして四時を主稟し、皆胃気を以て本と為す、是れを四時の変病、死生の要会と謂うなり。脾は中州なり、其の平和は見るを得べからず、衰えて乃ち見るるのみ、来たること雀の啄むがごとく、水の下に漏るるがごときは、是れ脾の衰の見るるなり。
〔滑寿注〕此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して篇と為すなり。春脈の弦なるは肝は筋を主り筋の象に応ず。夏脈の鉤なるは心は血脈を主り血脈来去の象に応ず。秋脈の毛なるは肺は皮毛を主り、冬脈の石なるは腎は骨を主り、各おの其の象に応じ、兼ねて時物の象を以て義を取るなり。来疾去遅は、劉立之曰く、来たるとは骨肉の分より出でて皮膚の際に至る、気の升りて上るなり。去るとは皮膚の際より還りて骨肉の分に至る、気の降りて下るなり。変とは脈の四時に逆らうを謂うなり。
古典說春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石,這是正常脈還是病脈?答:弦鉤毛石是四季之脈。春弦因肝爲東方木,萬物初生未有枝葉,脈柔弱而長;夏鉤因心爲南方火,枝葉下垂如鉤,脈來快去慢;秋毛因肺爲西方金,葉落餘枝如毫毛,脈輕浮;冬石因腎爲北方水,水凝如石,脈沉而柔滑。這就是四季之脈。若發生變化,春本爲弦,違逆者便爲病。脈氣實強爲太過,病在表;虛微爲不及,病在裏。脈舒緩如撫榆葉爲平,更實滑如撫長竿爲病,堅張如新弓弦爲死。微弦爲平,弦多胃氣少爲病,只有弦而無胃氣爲死,春以胃氣爲本。夏鉤、秋毛、冬石也同樣論平、病、死。胃爲水穀之海,主四時,皆以胃氣爲本,是四時變病及生死的關鍵。脾居中央,平和脈不顯,衰後才顯。脈如雀啄、如水下漏,即脾衰表現。
滑壽注稱,本篇由《素問·平人氣象論》《玉機真藏論》文字交錯編成。春弦取肝主筋之象,夏鉤取心主血脈、血來去之象,秋毛取肺主皮毛之象,冬石取腎主骨之象,併兼取季節與萬物之象的含義。他引用劉立之“來是氣由骨肉升向皮膚,去是由皮膚降還骨肉”的解釋,並說“變”就是脈違逆四時。
滑壽注的底本。認爲本篇由《素問·平人氣象論》《玉機真藏論》文字交錯構成,肝應筋、心應血脈、肺應皮毛、腎應骨,併兼取時令萬物之象。引用劉立之脈來去(氣升降)說,將逆四時稱爲“變”,簡明闡釋四季皆以胃氣爲本的主旨。
出處:《難經本義》二卷(含異版、眉批本及節錄本)(版本rb00022829、rb00019980、rb00004595、rb00004577,滑壽〔滑伯仁〕)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者肝東方木也……冬脈石者腎北方水也、盛冬之時水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。(以下平病死・胃氣・脾衰の文は底本に同じ。) 〔異文・頭注〕rb00022829は滑注を「兼以時物之象取譬也」と作る。rb00019980は欄外に頭注を付し、評林を引きて「王脈者即七難少陽之至乍大乍小等語、病脈者即九難數則爲熱遲則爲寒之謂、四時脈者正此難春弦夏鉤秋毛冬石之謂也」とし、また「此篇與内經互有異同、越人欲使脈之易曉、重立其義爾」「來而益數如雞舉足者曰病、雞踐地形容其輕而緩、雞舉足形容脈來實而數、踐地與舉足不同」等の俗解・評林を載せる。rb00004595は玉機眞藏論を引きて「肝脈太過則令人善忘忽忽眩冒巔疾、其不及則令人胸痛引背……此岐伯之言、越人之意蓋本諸此」と各臓の太過不及症候を注し、「濡滑如雀之喙」に作り、脾注に「雀啄者脈來至數急而斷絶不定、屋漏者脈至緩散動而復止」と説く。rb00004577は「干」を「於」に作る上巻のみの抄録本。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木なり……冬脈の石なるは腎は北方の水なり、盛冬の時水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。(以下、平病死・胃気・脾衰の文は底本に同じ。)
〔異文・頭注〕rb00022829は滑注を「兼ねて時物の象を以て譬えを取る」と作る。rb00019980は頭注に評林を引き、「王脈とは即ち七難の少陽の至り乍ち大乍ち小等の語、病脈とは即ち九難の数なれば熱と為し遅なれば寒と為すの謂、四時脈とは正に此の難の春弦夏鉤秋毛冬石の謂なり」とし、また「此の篇は内経と互いに異同あり、越人は脈を曉り易からしめんとし、重ねて其の義を立つるのみ」「来たりて益ます数なること雞の足を挙ぐるがごときを病と曰う、雞の地を踐むは其の軽くして緩なるを形容し、雞の足を挙ぐるは脈来の実にして数なるを形容す、踐地と挙足とは同じからず」等の俗解・評林を載せる。rb00004595は玉機真蔵論を引き、「肝脈太過なれば則ち人をして善く忘れ忽忽として眩冒し巔疾せしむ、其の不及なれば則ち人をして胸痛みて背に引かしむ……此れ岐伯の言、越人の意蓋し諸に本づく」と各臓の太過不及の症候を注し、「濡滑にして雀の喙のごとし」に作り、脾注に「雀啄とは脈の来至の数急にして断絶し定まらざるなり、屋漏とは脈至緩散し動きて復た止まるなり」と説く。rb00004577は「干」を「於」に作る上巻のみの抄録本。
正文與滑注同底本,均主張“弦鉤毛石爲四時脈,太過病在表、不及病在裏,以胃氣爲本”,但細節有異。rb00022829將滑注“取時物之象的意義”寫爲“取譬”。rb00019980有引用評林、俗解的眉批,將王脈對應第七難乍大乍小之脈,病脈對應第九難遲數(寒熱)之脈,四時脈對應本難弦鉤毛石;並稱本篇與《內經》有異同,是越人爲便於理解脈理而重申其義。將夏病脈“雞舉足”與“雞踐地”(輕緩)對比,形容脈的實數。rb00004595引《玉機真藏論》註明肝心肺腎太過、不及症候,稱此爲岐伯之言,越人意本於此;冬平脈作“雀之喙”,脾死脈則解爲“雀啄是脈急而斷續不定,屋漏是緩散、動而復止”。rb00004577是僅存上卷的節錄本,將“幹”(侵犯)全部寫作“於”。
同一著作滑壽《難經本義》的異版羣,正文及滑注同底本。差異爲:rb00022829有“取義→取譬”;rb00019980有引用評林俗解的眉批(王脈=七難、病脈=九難、與《內經》異同、雞踐地與舉足比較);rb00004595補《玉機真藏論》太過不及症候及脾雀啄、屋漏解,作“雀之喙”;rb00004577爲“幹→於”的上卷節錄本。
出處:《醫學統宗·難經本義補遺》二卷(版本rb00020118,滑壽〔滑伯仁〕注/補遺者未詳)
十五難曰、經言春脉弦、夏脉鈎、秋脉毛、冬脉石、是王脉耶、將病脉也。然、弦鈎毛石者、四時之脉也。春脉弦者肝東方木也……冬脉石者腎北方水也、盛冬之時水凝如石、故其脉之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脉也。(以下、平病死・胃氣・脾衰の文は本義に同じ。) 〔頭注〕一滑氏曰、此内經平人氣象・玉機眞藏論參錯其文而爲一篇也。一陽曰、春夏秋冬四時之陰陽、假外象以象脉之形狀、槩言四時之脉是如此形狀爲安位得宜、脉與天地四時生長收藏一氣運用、言醫者必先歲氣、信矣。越人又重言此四時之脉也、可見南北政逐年運氣主客勝復、不拘於此。一陽曰、八難謂寸口脉平而死也、是重在尺上說。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鈎毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木なり……冬脈の石なるは腎は北方の水なり、盛冬の時水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。(以下、平病死・胃気・脾衰の文は本義に同じ。)
〔頭注〕一に滑氏曰く、此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して一篇と為すなり。一に陽曰く、春夏秋冬四時の陰陽は、外象を仮りて以て脈の形状を象る、概ね四時の脈は是くのごとき形状にして位に安んじ宜しきを得と言う、脈は天地四時の生長収蔵と一気の運用なり、医者は必ず先ず歳気を知るべしと言う、信なり。越人又た重ねて此れ四時の脈なりと言う、南北政・逐年の運気・主客の勝復は此れに拘らざるを見るべし。一に陽曰く、八難は寸口の脈平にして死すと謂う、是れ重きを尺の上に在いて説くなり。
正文與滑注同《本義》,特色在“一滑氏”“一陽”等眉批。除引滑氏所說本篇參合《素問》兩篇而成外,“一陽”稱四季陰陽借外象表現脈形,脈與天地四時生長收藏爲同一氣的運用,醫者首先應知歲氣。越人重申四時之脈,也顯示南北政、逐年運氣之主客勝復並不受這一固定圖式約束;並補充第八難所說寸口脈平而死,是側重尺部的論述。
明代《醫學統宗》系統的本義補遺本,滑注之外附“一陽”“一滑氏”眉批。認爲四時脈借外象表現脈形,對應天地四時一氣運用;補充醫者先知歲氣、南北政及逐年運氣主客勝復不拘於此圖式等運氣論視角。
出處:《難經本義》(版本rb00013401,滑壽〔滑伯仁〕注/日本刻本、附圖解)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者肝東方木也、萬物始生、未有枝葉、故其脈之來濡弱而長、故曰弦……冬脈石者腎北方水也、水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。 〔頭注・独自解〕按、春弦夏鉤秋毛冬石、古今註家大率苟且置過、未深究其立名之本旨、不能使學者參此法于實際施用、故皆看爲無用之空談。蓋春弦、陽氣將張陰氣猶半、陰陽平等、不上不下、如循弓弦是也。夏鉤者、言常鉤狀、所謂前曲後距如循帶鉤者是也、陽盛之極也。秋毛、當爲鳥毛之象、夏時鉤脈從陽之稍降而其象漸小無力、仍帶前曲後距之狀而成鳥毛之象、比之鳥毛之微曲輕軟也。至冬石、則陽氣斂降内實而沈重、推而按之初應指而有力、與夏鉤之外盛穹隆者正恰成反對、故以石爲喩、比之石之沈水中也。此四者古人設譬、喩人身陰陽四時消長進退之法、立象標名、使學者臨病以此爲準則、以爲斟酌寒熱虛實之尺度也。今又掲其圖于左、使學者一目了悟。(図に春弦=不浮不沈陰陽平等、夏鉤=陽氣怒張隆盛・前曲後距、秋毛=陽氣將降仍帶夏鉤前曲後距之象故喩鳥毛之微偃輕軟、冬石=陽全斂内實沈重・比石沈水下 を示す。)
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木、万物始めて生じ未だ枝葉あらず、故に其の脈の来たるや濡弱にして長し、故に弦と曰う……冬脈の石なるは腎は北方の水、水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。
〔頭注・独自解〕按ずるに、春弦・夏鉤・秋毛・冬石は、古今の注家おおむね苟且に置過し、未だ其の立名の本旨を深く究めず、学者をして此の法を実際の施用に参ぜしむること能わず、故に皆無用の空談と看做す。蓋し春弦は、陽気将に張らんとして陰気猶お半ば、陰陽平等にして上らず下らず、弓弦を循づるがごとし。夏鉤は、常の鉤状を言う、いわゆる前は曲がり後は距りて帯鉤を循づるがごとき、陽盛の極なり。秋毛は当に鳥毛の象たるべし、夏の鉤脈の陽に従いて稍や降り、其の象漸く小にして力なく、仍お前曲後距の状を帯びて鳥毛の象を成す、鳥毛の微曲軽軟に比するなり。冬石に至れば、則ち陽気斂降し内実にして沈重、推して之を按ずるに初めて指に応じて力あり、夏鉤の外盛穹隆なる者と正に恰も反対を成す、故に石を以て喩え、石の水中に沈むに比するなり。此の四者は古人の設けたる譬え、人身の陰陽四時消長進退の法を喩え、象を立て名を標し、学者をして病に臨みて此れを準則とし、寒熱虚実を斟酌する尺度と為さしむるなり。今また其の図を左に掲げ、学者をして一目に了悟せしむ。
正文同《本義》,特色爲獨立解釋與圖解。眉批批評以往注家未深究弦鉤毛石命名本旨,不能用於實際,遂視爲空談;重新解釋四脈爲人體陰陽隨四時消長進退的比喻。春弦是陽將伸張而陰尚居半、陰陽平等,不上不下如撫弓弦。夏鉤前曲後距如帶鉤,是陽盛之極。秋毛是夏鉤隨陽下降而變小無力,仍留前曲後距之狀,如鳥羽微曲輕軟。冬石是陽完全收斂、內部充實、沉重,按之纔有力應指,與夏鉤外盛隆起正相反,故比石沉水中。四者是古人爲說明人體陰陽四時進退而立的象,是臨病衡量寒熱虛實的尺度,左側配圖以便一目瞭然。
日本刻本圖解本,批評通行注家不究弦鉤毛石命名本旨而視爲空論,獨立重釋四脈爲人體陰陽四時消長進退之比喻。對比繪示春弦(陰陽平等、不浮不沉)、夏鉤(陽盛、前曲後距)、秋毛(鳥羽微曲輕軟)、冬石(陽斂內實、沉重),旨在作爲實踐準則。
出處:《難經發揮》(版本rb00004591,編者未詳,日本刻本)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者、四時之脈也。春脈弦者肝東方木也、萬物始生、未有枝葉、故其脈之來濡弱而長、故曰弦。……冬脈石者腎北方水也、水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。如有變奈何。然、春脈弦、反者爲病……氣來厭厭聶聶如循楡葉曰平、益實而滑如循長竿曰病、急而勁益強如新張弓弦曰死。……胃者水穀之海、主稟四時、皆以胃氣爲本、是謂四時之變病、死生之要會也。脾者中州也、其平和不可得見、衰乃見耳、來如雀之啄、如水之下漏、是脾衰見也。 〔注〕冬脈如雀之啄者、石中之柔、故曰平。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木、万物始めて生じ未だ枝葉あらず、故に其の脈の来たるや濡弱にして長し、故に弦と曰う。……冬脈の石なるは腎は北方の水、水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。如し変あらば奈何。然り、春脈は弦、反する者を病と為す……気の来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と曰い、益ます実にして滑、長竿を循づるがごときを病と曰い、急にして勁く益ます強く、新たに張れる弓弦のごときを死と曰う。……胃は水穀の海にして四時を主稟し、皆胃気を以て本と為す、是れを四時の変病、死生の要会と謂うなり。脾は中州なり、其の平和は見るを得べからず、衰えて乃ち見るるのみ、来たること雀の啄むがごとく、水の下に漏るるがごときは、是れ脾の衰の見るるなり。
〔注〕冬脈の雀の啄むがごときは、石中の柔なり、故に平と曰う。
正文幾乎同底本(如將“太過”作“大過”),註釋極少。僅補一句“冬脈如雀啄,是石中仍有柔,故爲平”,指出冬平脈不是單純堅硬,而兼有柔和。以正文爲主,直接傳達四時之脈與以胃氣爲本的主旨。
正文爲主的日本刻本,正文近同底本,注少,僅以“冬脈雀啄爲石中之柔,故平”點出冬平脈要義,平明傳達四時脈與胃氣爲本的主旨。
出處:《難經註疏》二卷(版本rb00000698,注者未詳,集成呂廣、楊玄操系統舊注)
十五難曰、經言春脉弦、夏脉鈎、秋脉毛、冬脉石、是王脉邪、將病脉也。〔注〕王脉如七難言少陽之至乍小乍大乍短乍長是也。四時之脉也、猶言四時之脉狀也。〔本文逐句に割注〕濡弱而長者弦狀也。鈎、帶鈎之鈎、其形頭大而末細、故來疾去遲者鈎狀也。輕虛以浮者毛狀也。沈濡而滑者石狀也、呂氏曰、腎狀法水、水凝如石、又伏行温於骨髓、故其脉實牢如石也。滑氏曰、此内經平人氣象・玉機眞藏論參錯其文而爲篇也。氣、脉氣也、内經既言脉、難經變脉言氣者、脉不自動、氣使之然、且主胃氣而言也。玉機眞藏論云、春脉太過則令人善怒忽忽眩冒而巓疾、其不及則令人胸痛引背下則兩脇胠滿。厭厭聶聶如循榆葉者、和柔而長也、此胃氣中帶弦也。朱肱曰、胃氣者清純沖和之氣也、沖和之氣者陰陽不偏倚而五藏之氣齊至。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。〔注〕王脈は七難に言う少陽の至り乍ち小乍ち大乍ち短乍ち長のごときは是れなり。四時の脈とは、猶お四時の脈状を言うがごとし。〔本文逐句に割注〕濡弱にして長きは弦の状なり。鈎は帯鈎の鈎、其の形頭大にして末細し、故に来たること疾く去ること遅きは鈎の状なり。軽虚にして浮くは毛の状なり。沈濡にして滑なるは石の状なり、呂氏曰く、腎は状として水に法り、水凝りて石のごとし、又た伏行して骨髄を温む、故に其の脈実牢にして石のごとし。滑氏曰く、此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して篇と為すなり。気とは脈気なり、内経は既に脈と言うに、難経が脈を変じて気と言うは、脈は自ら動かず、気之をして然らしむ、且つ胃気を主として言うなり。玉機真蔵論に云う、春脈太過なれば則ち人をして善く怒り忽忽として眩冒し巓疾せしむ、其の不及なれば則ち人をして胸痛みて背に引き、下れば則ち両脇胠満せしむ。厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときは、和柔にして長きなり、此れ胃気の中に弦を帯ぶるなり。朱肱曰く、胃気とは清純沖和の気なり、沖和の気とは陰陽偏倚せずして五臓の気斉しく至るなり。
逐句夾註的註疏本。將王脈解釋爲第七難少陽脈(大小長短不定),四時脈即各季脈狀。逐一解釋濡弱而長爲弦,頭大末細如帶鉤、來快去慢爲鉤,輕虛浮爲毛,沉柔滑爲石;引呂廣“腎法水,伏行溫骨髓,故脈實牢如石”的舊注。又引滑壽參錯說,稱氣即脈氣,脈不自動,是氣使之動,且主要指胃氣。引《玉機真藏論》春脈太過(善怒、眩冒、巔疾)與不及(胸痛、兩脅脹)症候,把如撫榆葉的平脈看作胃氣中帶弦,並附朱肱“胃氣是清純沖和之氣,陰陽不偏、五臟之氣齊至”的解釋。
逐句夾註的二卷註疏本,彙集呂廣“腎法水溫骨髓,故脈實牢”等舊注、滑壽參錯說、《玉機真藏論》太過不及症候及朱肱(原頁括注朱丹溪)的“胃氣爲清純沖和之氣”說,以脈氣與胃氣爲軸,平明註釋各季脈狀。
出處:《難經註疏》三卷(版本rb00004590,注者未詳,集成呂廣、楊玄操系統舊注)
十五難曰、經言春脉弦、夏脉鉤、秋脉毛、冬脉石、是王脉也。〔注〕王脉如此難言少陽之至乍大乍小乍短乍長是也。四時之脉也、猶言四時之脉狀也、春夏秋冬各應其氣而相應。沈濡而滑者石狀也、腎狀法水、水凝如石、又伏行温於骨髓、故其脉實牢如石也。滑氏曰、此内經平人氣象論參錯其文而爲篇也。〔氣の注〕脉氣也、内經既言脉、難經變脉言氣者、脉不自動、氣使之然、且言胃氣而言也。玉機眞藏論云、夏脉太過則令人身熱而膚痛爲浸淫、不及則令人煩心上見欬唾下爲氣泄。琅玕、石之似玉者、生于南海石崖間、如筍質似玉、纍纍如環如循琅玕、和緩之中帶鉤也。汪機素問抄曰、雞之啄地與舉足不同、踐地是雞少整而徐行也、舉足被發驟疾行也。張氏曰、操持也、前曲者謂輕取則堅強而不柔、後居者謂重取則牢實而不動、如持革帶之鉤而全失和之氣、是但鉤無胃也、故曰必死。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なり。〔注〕王脈は此の難に言う少陽の至り乍ち大乍ち小乍ち短乍ち長のごときは是れなり。四時の脈とは猶お四時の脈状を言うがごとし、春夏秋冬各おの其の気に応じて相応ず。沈濡にして滑なるは石の状なり、腎は状として水に法り、水凝りて石のごとし、又た伏行して骨髄を温む、故に其の脈実牢にして石のごとし。滑氏曰く、此れ内経の平人気象論、其の文を参錯して篇と為すなり。〔気の注〕脈気なり、内経は既に脈と言うに、難経が脈を変じて気と言うは、脈は自ら動かず、気之をして然らしむ、且つ胃気を言うなり。玉機真蔵論に云う、夏脈太過なれば則ち人をして身熱して膚痛み浸淫を為さしむ、不及なれば則ち人をして煩心し上は欬唾を見わし下は気泄を為さしむ。琅玕は玉に似たる石、南海の石崖の間に生じ、筍のごとく質玉に似たり、纍纍として環のごとく琅玕を循づるがごときは、和緩の中に鉤を帯ぶるなり。汪機素問抄に曰く、雞の地を啄むと足を挙ぐるとは同じからず、地を踐むは雞の少しく整いて徐ろに行くなり、足を挙ぐるは驚かされて驟かに疾く行くなり。張氏曰く、操とは持つなり、前曲とは軽く取れば則ち堅強にして柔ならざるを謂い、後居とは重く取れば則ち牢実にして動かざるを謂う、革帯の鉤を持つがごとくにして全く和の気を失う、是れ但だ鉤のみにして胃なきなり、故に必ず死すと曰う。
與二卷本相類,分爲三卷,夏脈平病死的逐句注尤其充實。將王脈視爲少陽脈(大小長短不定),四時脈爲各季應氣之脈狀;引呂廣系統“腎法水溫骨髓,故脈實牢”舊注及滑壽參錯說。解釋氣即脈氣,脈不自動,氣使之動,這裏指胃氣。引《玉機真藏論》夏脈太過(身熱、膚痛、浸淫)、不及(煩心、咳唾、氣泄)症候。夏平脈如撫琅玕,琅玕是南海似玉之石,表示和緩中帶鉤;病脈“雞舉足”據汪機《素問抄》,對比踐地爲徐行、舉足爲受驚疾行。死脈“前曲後居”引張氏說:輕取堅強不柔,重取牢實不動,如握帶鉤,完全失去胃之和氣,故稱必死。
與二卷本相類的三卷註疏,尤詳夏脈平病死逐句注。除呂廣舊注、滑壽參錯說外,引《玉機真藏論》太過不及症候、汪機《素問抄》雞踐地與舉足對比、張氏前曲後居解(如握帶鉤、胃氣全失的死脈),以有無胃氣爲軸論述。
出處:《難經評林》六卷(版本rb00004592,王文潔〔月池子〕輯/劉氏評林)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鈎、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鈎毛石者四時之脈也……此四時之脈也。如有變奈何。然、春脈弦反者爲病……春以胃氣爲本。(夏鈎・秋毛・冬石も同例。) 〔劉平之(評林)曰〕按岐伯所謂氣來者、非承上文萬物之氣也、正言吾身之脈氣也。春脈氣來軟弱輕虛而滑、端直以長、比難經濡弱而長爲尤詳。夏脈氣來盛去衰、即難經來疾去遲也、但疾遲不若盛衰之尤切。此總問四時之脈必有變、正以發下五邪之意也、言春弦夏鈎秋毛冬石者、四時之常脈也、或不能以無變則將如之何。此言春脈本弦、反者則病有外内之殊、又狀平脈病脈死脈之體而申言之、以見胃氣爲甚重也。所謂胃氣者、即微弦之和且緩矣、其誠土性之謂歟。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鈎毛石は四時の脈なり……此れ四時の脈なり。如し変あらば奈何。然り、春脈は弦、反する者を病と為す……春は胃気を以て本と為す。(夏の鈎・秋の毛・冬の石も同例。)
〔劉平之(評林)曰く〕按ずるに岐伯のいわゆる気来とは、上文の万物の気を承くるに非ず、正に吾が身の脈気を言うなり。春脈の気来は軟弱軽虚にして滑、端直にして以て長し、難経の濡弱にして長しに比すれば尤も詳らかなり。夏脈の気来は盛んに去は衰う、即ち難経の来疾去遅なり、但し疾遅は盛衰の尤も切なるには若かず。此れ総じて四時の脈に必ず変あるを問い、正に以て下の五邪の意を発するなり、春弦夏鈎秋毛冬石とは四時の常脈なり、或いは変なきこと能わずんば則ち将た如何せんとなり。此れ春脈は本と弦、反する者は則ち病に外内の殊あるを言い、又た平脈・病脈・死脈の体を状して申べ言い、以て胃気の甚だ重きたるを見わすなり。いわゆる胃気とは、即ち微弦の和にして且つ緩なり、其れ誠に土性の謂いか。
正文配劉氏(劉平之)評林。劉氏稱岐伯“氣來”不是承接前文萬物之氣,而是人體脈氣;比較《素問》“軟弱輕虛而滑、端直而長”比《難經》“濡弱而長”更詳。夏脈“來盛去衰”對應《難經》“來疾去遲”,但盛衰比疾遲更確切。本篇總問四時脈之變,導向後續五邪(十六難以後)之論,春弦夏鉤秋毛冬石爲常脈,繼而說明變時如何處理。春本弦,反則病有表裏之別,並描述平病死三脈,顯示胃氣極重要。結論是胃氣微弦而和緩,正是土性。
王文潔所輯評林本,載劉氏(劉平之)評。逐一比較《素問》脈描寫與《難經》“濡弱而長/來疾去遲”,明確氣來指人身脈氣而非萬物之氣。將本篇定位爲問四時之變、引出五邪說,通過平病死強調胃氣(微弦和緩=土性)的重要性。
出處:《難經疏證》二卷(版本rb00004587,注者未詳,疏證徐大椿、滑壽、楊玄操等說)
十五難〔前段は前曲後居・上下部有脈の割注と元氣の考証〕前曲後居之前後、以始末言也。……脈有根本、人有元氣故知不死。按、元氣者人身所稟天眞本原之氣、六十六難曰臍下腎間動氣者人之生命也、十二經之根本也、故名曰原、三焦者原氣之別使也。〔十五難本文〕十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者四時之脈也。春脈弦者肝東方木也……冬脈石者腎北方水也、水凝如石、故其脈之來沈濡而滑、故曰石。此四時之脈也。〔滑注〕此内經平人氣象・玉機眞藏論、參錯其文而爲篇也。春脈弦者肝主筋、應筋之象。
十五難〔前段は前曲後居・上下部有脈の割注と元気の考証〕前曲後居の前後は、始末を以て言うなり。……脈に根本あり、人に元気あり、故に死せざるを知るなり。按ずるに、元気とは人身の禀くる所の天真本原の気なり、六十六難に曰く臍下腎間の動気は人の生命なり、十二経の根本なり、故に名づけて原と曰う、三焦は原気の別使なり。〔十五難本文〕十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり。春脈の弦なるは肝は東方の木なり……冬脈の石なるは腎は北方の水、水凝りて石のごとし、故に其の脈の来たるや沈濡にして滑なり、故に石と曰う。此れ四時の脈なり。〔滑注〕此れ内経の平人気象論・玉機真蔵論、其の文を参錯して篇と為すなり。春脈の弦なるは肝は筋を主り筋の象に応ず。
特色是在第十五難開頭放置承前一難的“前曲後居”“上下部有無脈”夾註,及廣引文獻考證元氣。認爲前後指脈的始末而非寸尺;元氣是人稟受於天的本原之氣,即六十六難臍下腎間動氣(生命、十二經根本=原),三焦爲原氣使者,引用《春秋繁露》《漢書·律曆志》等詳論。隨後刊出十五難正文,問四時脈正常或病,答弦鉤毛石是四季之脈。引滑壽注,稱本篇參合《素問》兩篇,春弦取肝主筋之象。
考證性版本,疏證徐大椿、滑壽、楊玄操等說。特色是十五難之前先列承前難的前曲後居、上下部有無脈夾註,以及以六十六難腎間動氣爲核心、廣引文獻的元氣考證;正文引滑壽參錯說,確認四時脈與胃氣主旨。
出處:《黃帝八十一難經輯釋備考》(版本rb00002419,輯釋者未詳,校勘新校正及諸本)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鈎、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鈎毛石者四時之脈也。〔校〕經文見素問平人氣象論及玉機眞藏論、四時之脈謂脈之應乎四時、即王脈也。○聖惠方注云有而字。○脈來間舊有之字、今據玉機眞藏論新校正所引刪。○藏下舊有也字、今據新校正所引刪。〔義〕濡弱而長是弦之正象、否則即爲太過不及之脈也。○按藏府之與五行各有所屬、而春夏秋脈皆以木爲喩者、蓋唯木爲因時遷變也。然春脈弦反者爲病……實強者陽氣盛也、少陽當微弱、今更實強謂之太過、陽處表故令其病在外也。厥陰之氣養於筋、其脈弦、今更虛微故曰不及、陰處中故令其病在内也。○薛庭先生云、厭厭聶聶如循榆葉曰平、當作其脈如榆葉曰平。○按素問平人氣象論曰、平肺脈來厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、新校正云、詳越人云厭厭聶聶如循榆葉曰春平脈。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鈎、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鈎毛石は四時の脈なり。〔校〕経文は素問の平人気象論及び玉機真蔵論に見ゆ、四時の脈とは脈の四時に応ずるを謂う、即ち王脈なり。○聖恵方の注に而の字ありと云う。○脈来の間、旧と之の字あり、今玉機真蔵論の新校正の引く所に拠りて刪る。○蔵の下、旧と也の字あり、今新校正の引く所に拠りて刪る。〔義〕濡弱にして長きは是れ弦の正象なり、否らざれば即ち太過不及の脈と為るなり。○按ずるに蔵府と五行とは各おの属する所あり、而して春夏秋の脈皆な木を以て喩うるは、蓋し唯だ木のみ時に因りて遷変すればなり。然り、春脈は弦、反する者を病と為す……実強とは陽気の盛んなるなり、少陽は当に微弱なるべきに、今更に実強なる、之を太過と謂う、陽は表に処る故に其の病をして外に在らしむるなり。厥陰の気は筋を養い、其の脈弦なり、今更に虚微なる故に不及と曰う、陰は中に処る故に其の病をして内に在らしむるなり。○薛庭先生云う、厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と曰うは、当に其の脈楡葉のごときを平と曰うに作るべし。○按ずるに素問の平人気象論に曰く、平肺脈の来たること厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、新校正に云う、詳らかにするに越人は厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを春平脈と云う。
細記諸本與新校正異同的校勘考證本。稱經文見《素問·平人氣象論》《玉機真藏論》,四時脈即應四季之脈(王脈)。逐一註記《聖惠方》有“而”字,舊本“脈來”之間“之”及“藏”下“也”據《玉機真藏論》新校正所引刪除。認爲濡弱而長是弦的正象,否則爲太過、不及;臟腑各屬五行,而春夏秋脈皆喻木,是因木隨時變化。太過爲陽盛,本應微弱之少陽變爲實強,陽處表故病在外;厥陰養筋而脈弦,變虛微爲不及,陰處內故病在內。還引薛庭主張“厭厭聶聶如循榆葉曰平”應作“其脈如榆葉曰平”,及新校正指出《素問》同語爲肺平而越人作春平。
校勘新校正、《聖惠方》等的輯釋考證本,明確經文出處爲《平人氣象論》《玉機真藏論》,據新校正刪衍“之”“也”等精查文字。以陰陽解釋太過爲少陽實強、不及爲厥陰虛微,並據薛庭及新校正掌握《素問》肺平之語被越人引爲春平的差異。
出處:《難經經釋》二卷(版本rb00004583,徐靈胎〔徐大椿〕)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈邪、將病脈也。然、弦鉤毛石者四時之脈也……此四時之脈也。〔釈〕冬氣歛聚故沈而濡滑水之象也。按、藏府之與五行各有所屬、而春夏秋脈皆以木爲喩者、蓋唯木爲因時遷變也。如有變奈何、變謂失常也。……厭厭素問王冰注以爲浮薄而虛也。按素問平人氣象論云、平肝脈來耎弱招招如揭長竿末梢曰肝平、又云平肺脈來厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、蓋形容肺脈如毛之義、今引爲肝平恐不合。……按素問平人氣象論云、病心脈來喘喘連屬其中微曲曰心病、又云實而盈數如雞舉足曰脾病、今引爲心病之脈亦誤。……按素問平人氣象論云、喘喘累累如鉤按之而堅曰腎平、至於如鳥之啄乃脾之死脈、啄啄連屬其中微曲乃心之病脈、不知何以錯誤如此。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり……此れ四時の脈なり。〔釈〕冬気は歛聚す、故に沈にして濡滑なるは水の象なり。按ずるに、蔵府と五行とは各おの属する所あり、而して春夏秋の脈皆な木を以て喩うるは、蓋し唯だ木のみ時に因りて遷変すればなり。変あらば奈何、変とは常を失うを謂うなり。……厭厭は素問の王冰の注に以て浮薄にして虚なりと為す。按ずるに素問の平人気象論に云う、平肝脈の来たること耎弱招招として長竿の末梢を揭ぐるがごときを肝平と曰う、又た云う平肺脈の来たること厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、蓋し肺脈の毛のごとき義を形容す、今引きて肝平と為すは恐らくは合わず。……按ずるに素問の平人気象論に云う、病心脈の来たること喘喘連属し其の中微かに曲がるを心病と曰う、又た云う実にして盈数、雞の足を挙ぐるがごときを脾病と曰う、今引きて心病の脈と為すも亦た誤りなり。……按ずるに素問の平人気象論に云う、喘喘累累として鉤のごとく之を按じて堅きを腎平と曰う、鳥の啄むがごときに至りては乃ち脾の死脈、啄啄連属し其の中微かに曲がるは乃ち心の病脈なり、何を以て錯誤すること此くのごときかを知らず。
徐大椿的經釋,特色是逐詞與《素問》對照,尖銳指出越人引用移位。釋冬氣收斂,故沉柔滑爲水象;臟腑各屬五行而春夏秋脈喻木,是木隨時變化;“變”即失常。尤其指出“厭厭聶聶如落榆莢”在《素問》形容肺平(毛脈),《難經》引爲肝平恐不合;實數如雞舉足原爲脾病脈,引爲心病(夏病)亦誤;鳥啄原爲脾死、啄啄連屬其中微曲原爲心病,卻錯用於冬脈,不知何以如此,逐項摘出誤用。
徐大椿經釋,以嚴密考證逐一對照《難經》脈語與《素問·平人氣象論》《玉機真藏論》,批評將厭厭聶聶(原肺平)引爲肝平、雞舉足(原脾病)引爲心病、鳥啄(原脾死)及啄啄連屬其中微曲(原心病)引入冬脈等錯用。
出處:《難經文字攷》二卷(版本rb00004598,考者未詳,訓詁及字義考證)
十五難曰、氣來厭厭攝攝如循楡葉曰平。謹案、厭厭攝攝四字、舊解皆不明。厭厭蓋脈來順從無追戻之貌也、荀子儒效篇曰天下厭然猶一也、楊注云順從之貌。攝攝是整正安柔貌也。肝脈之來以下順從而無逆戻、整正安柔爲肝之平也。此素問平人氣象論雖以此四字爲肺平之脈、如其意義蓋相同矣。○又曰前曲後居如操帶鈎曰死。謹案、居當訓壅閉、王冰以不動釋之恐非。操當訓執持亦恐非、操字有玩弄意、蓋帶鈎着帶而玩弄之、前曲則可弄、後面則相滯壅閉。○又曰其脈來藹藹如車蓋、按之益大曰平。謹案、藹藹蓋雲之升輕浮盈大、故以藹藹形容如車蓋者也。○又曰脈來上大下兌、濡滑如雀之喙曰平。謹案、上下字錯用、是古文一法、下文曰如雀之啄、則其爲錯用可知也。○又曰來如解索、去如彈石曰死。謹案、素問解索作奪索、王注云猶蛇之走也、如解索者言左右紛亂也、奪解亦同義。
十五難に曰く、気来たること厭厭攝攝として楡葉を循づるがごときを平と曰う。謹んで案ずるに、厭厭攝攝の四字、旧解皆な明らかならず。厭厭は蓋し脈来の順従して追戻なきの貌なり、荀子の儒效篇に曰く天下厭然として猶お一のごとし、楊注に順従の貌と云う。攝攝は是れ整正安柔の貌なり。肝脈の来たること以下順従して逆戻なく、整正安柔なるを肝の平と為すなり。此れ素問の平人気象論に此の四字を以て肺平の脈と為すと雖も、其の意義のごときは蓋し相同じ。○又た曰く前曲後居して帯鈎を操るがごときを死と曰う。謹んで案ずるに、居は当に壅閉と訓ずべし、王冰の不動を以て之を釈するは恐らくは非なり。操は当に執持と訓ずべきも亦た恐らくは非なり、操の字に玩弄の意あり、蓋し帯鈎を帯に着けて之を玩弄す、前曲なれば則ち弄すべく、後面なれば則ち相い滞りて壅閉す。○又た曰く其の脈来たること藹藹として車蓋のごとく、之を按じて益ます大なるを平と曰う。謹んで案ずるに、藹藹は蓋し雲の升りて軽浮盈大なり、故に藹藹を以て車蓋のごときを形容するなり。○又た曰く脈来たること上は大に下は兌く、濡滑にして雀の喙のごときを平と曰う。謹んで案ずるに、上下の字は錯用す、是れ古文の一法なり、下文に如雀之啄と曰えば、則ち其の錯用たるを知るべし。○又た曰く来たること解索のごとく、去ること弾石のごときを死と曰う。謹んで案ずるに、素問は解索を奪索に作る、王注に猶お蛇の走るがごとしと云う、解索のごときとは左右の紛乱を言うなり、奪と解も亦た義を同じくす。
逐字訓詁脈狀語的字義考證本。認爲“厭厭攝攝”舊解不明,援《荀子》楊倞注,釋厭厭爲順從不逆、攝攝爲整齊安柔,肝脈如此爲平;《素問》用於肺平,意義仍同。“前曲後居如操帶鉤”之居,應釋壅閉而非王冰的不動;操也非執持而爲玩弄,帶鉤繫帶把玩時,前曲處可弄,後面滯塞。藹藹如車蓋形容雲升、輕浮而充大;上大下兌是古文上下錯用一法(下文如雀之啄可見);解索在《素問》作奪索,對應王注如蛇行,意爲左右紛亂,奪解同義。
以字書與古典用例訓詁脈狀語,批評王冰注及通說,精定本義:厭厭攝攝(順從、整正安柔)、居=壅閉、操=玩弄、藹藹(雲之輕浮盈大)、上大下兌(古文錯用)、解索=奪索(左右紛亂)。
出處:《難經滑義補正》(版本rb00004580、rb00004581,補正者未詳,校訂補正滑壽本義)
十五難。正、厭厭聶聶如循榆葉。瀕湖脈學云、厭厭聶聶輕汎貌、類經云衆苗齊秀貌、經釋云厭厭素問王冰注以爲浮薄而虛也、又云平肺脈來厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、蓋形容肺脈如毛之義、今引爲肝平恐不合。或問云、内經厭厭聶聶如落榆莢曰肺平、難經如循榆葉曰肝平、其言雖少異而其義實同也、按難經所述肝肺之平脈前後錯簡也、蓋肝平者和中帶弦也、肺平者和中帶微毛也。如循琅玕、說文云琅玕石之似玉者、爾雅云今南海有青琅玕珊瑚屬也。如操帶鉤、平人氣象論云死心脈來前曲後居如操帶鉤曰心死、類注云操持也、前曲者謂輕取則堅強而不柔、後居者謂重取則牢實而不動、如持革帶之鉤而全失充和之氣、是但鉤無胃也故曰死。藹藹如車蓋、經釋云仲景傷寒論辨脈法云脈藹藹如車蓋者名曰陽結也、此又一義。上大下兌、案是上兌下大之誤。如雀之啄、啄當作喙、平人氣象論云死脾脈來鋭堅如烏之喙如烏之距、類經云言堅鋭不柔也。
十五難。正す、厭厭聶聶として楡葉を循づるがごとし。瀕湖脈学に云う、厭厭聶聶は軽汎の貌、類経に云う衆苗斉秀の貌、経釈に云う厭厭は素問の王冰の注に浮薄にして虚なりと為す、又た云う平肺脈の来たること厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、蓋し肺脈の毛のごとき義を形容す、今引きて肝平と為すは恐らくは合わず。或問に云う、内経は厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰い、難経は楡葉を循づるがごときを肝平と曰う、其の言少しく異なると雖も其の義実は同じ、按ずるに難経の述ぶる所の肝肺の平脈は前後錯簡なり、蓋し肝平は和中に弦を帯び、肺平は和中に微毛を帯ぶるなり。如循琅玕、説文に云う琅玕は玉に似たる石、爾雅に云う今南海に青琅玕あり珊瑚の属なり。如操帯鉤、平人気象論に云う死心脈の来たること前曲後居して帯鉤を操るがごときを心死と曰う、類注に云う操は持つなり、前曲とは軽く取れば堅強にして柔ならざるを謂い、後居とは重く取れば牢実にして動かざるを謂う、革帯の鉤を持つがごとくにして全く充和の気を失う、是れ但だ鉤のみにして胃なきなり故に死と曰う。藹藹如車蓋、経釈に云う仲景の傷寒論辨脈法に脈藹藹として車蓋のごとき者は名づけて陽結と曰うと云う、此れ又た一義なり。上大下兌、案ずるに是れ上兌下大の誤りなり。如雀之啄、啄は当に喙に作るべし、平人気象論に云う死脾脈の来たること鋭堅にして烏の喙のごとく烏の距のごとし、類経に云う堅鋭にして柔ならざるを言うなり。
校訂補正滑壽本義,按脈狀詞彙集諸注糾正文句。“厭厭聶聶如循榆葉”並列《瀕湖脈學》輕泛、《類經》衆苗齊秀、《經釋》王冰浮薄而虛之說,認爲《素問》本形容肺平毛脈,引爲肝平恐不合;又引《或問》稱二經措辭略異而義同,《難經》肝肺平脈前後錯簡,肝平和中帶弦、肺平和中微毛。琅玕是似玉石、南海青琅玕(珊瑚類);前曲後居如操帶鉤爲《素問》心死脈,失盡和氣故死;藹藹如車蓋在《傷寒論》另指陽結;上大下兌是上兌下大之誤;如雀之啄的啄應爲喙,對應《素問》死脾脈如烏嘴、烏距般堅銳,逐項校正解釋。
校訂補正滑壽本義(rb00004580與rb00004581同內容),廣引《瀕湖脈學》《類經》《經釋》《或問》《傷寒論》等,細校厭厭聶聶(肝肺平脈錯簡)、琅玕、前曲後居、藹藹如車蓋(陽結)、上大下兌(應上兌下大)、雀啄(啄→喙)等字句及出處。
出處:《難經本義大鈔》二十卷、序二卷、匯考一卷(版本rb00004597,森本昌敬〔玄關〕述)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈邪、將病脈也。△此難言四時之脈也。辨正云、也今作耶。經直承問平人氣象論・玉機眞藏論也。王脈、評林曰、王脈者即七難血脈之證也。病脈、評林曰、病脈者即九難數則爲熱遲則爲寒之謂也。△玉機眞藏論類註曰、弦者端直以長、狀如弓弦有力、然受氣輕虛而滑則弦中自有和意、肝藏主之。其脈之來、素問作其氣來、今越人更氣字作脈字、即解素問氣字之意也。夏脈鉤者、莊子胠篋篇云彼竊鉤者誅、或曰後來以洪代鉤者、蓋以來疾去遲比洪水而用之。評林曰、李瀕湖以來疾爲寸脈去遲爲尺脈者非也。俗解曰、夏之脈來疾而去遲如鉤、是微洪也。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。△此の難は四時の脈を言うなり。辨正に云う、也は今耶に作る。経は直ちに問いを承く、平人気象論・玉機真蔵論なり。王脈、評林に曰く、王脈とは即ち七難の血脈の証なり。病脈、評林に曰く、病脈とは即ち九難の数なれば熱と為し遅なれば寒と為すの謂なり。△玉機真蔵論の類註に曰く、弦とは端直にして以て長く、状は弓弦のごとく力あり、然れども気を受くること軽虚にして滑なれば則ち弦の中に自ら和の意あり、肝蔵之を主る。其の脈の来たる、素問は其の気来に作る、今越人は気の字を更めて脈の字に作る、即ち素問の気の字の意を解するなり。夏脈の鉤なるは、荘子の胠篋篇に云う彼の鉤を竊む者は誅せらると、或るひと曰く後来洪を以て鉤に代うるは、蓋し来疾去遅を以て洪水に比して之を用うるなり。評林に曰く、李瀕湖の来疾を以て寸脈と為し去遅を以て尺脈と為すは非なり。俗解に曰く、夏の脈来たること疾く去ること遅くして鉤のごとし、是れ微洪なり。
森本昌敬的大部本義抄物,逐句細引辨正、評林、類注、俗解等。本難講四時脈,“也”今本作“耶”,經文直接承《素問》兩篇。王脈依評林爲七難血脈之證,病脈爲九難數熱遲寒。釋弦引《玉機真藏論》類注:端直而長、有力如弓弦,但受氣輕虛滑則弦中自有和意,爲肝所主;越人將《素問》其氣來改爲其脈來,是解釋“氣”字。夏鉤引《莊子·胠篋》竊鉤者誅,稱後世以洪代鉤是將來疾去遲比洪水;並列評林批評李時珍以來疾爲寸脈、去遲爲尺脈,及俗解夏脈來疾去遲如鉤即微洪之說。
森本昌敬(玄關)的大部本義抄物,逐句廣引中日辨正、評林、《玉機真藏論》類注、俗解、李時珍脈學、《莊子》等,詳說也→耶異文、王脈=七難血脈之證、病脈=九難寒熱、越人將氣來改爲脈來之意及來疾去遲與洪脈關係。
出處:《難經抄》(不分卷)(版本rb00008889、rb00019981,抄者未詳,引用評林等的聽講記錄)
十五難、前曲後居之前後、以始末言也。評林曰、素問岐伯曰、人一呼脈三動一吸脈三動而躁、尺熱曰病溫、尺不熱脈滑曰病風、脈濇曰痺、玄臺此說與熊宗立同、張世賢分前後爲尺寸大小爲寒熱者非、當知六至之脈有熱而無寒也。脈訣刊誤云、難經曰前小後大前大後小、其前後以尺寸論也。一呼四至一吸四至、已下論八動之脈也。評林曰、此言一息十至之脈、或有困於夜者或有困於晝者、夫一息十至即歸墓脈也、若十至中見沈細是陰之極主夜必加病、若十至中見浮大是陽之極主晝必加病、但沈細浮大之中而不乍大乍小者雖危亦有可治、蓋以胃氣尚存故脈猶平和耳。再呼一至再吸一至、評林曰、張世賢以爲一息一至之脈則訛矣、此言二息二至之脈其人必當死也。上部有脈下部無脈、本義曰、此又以脈之有無明上下部之病也。
十五難、前曲後居の前後は、始末を以て言うなり。評林に曰く、素問の岐伯曰く、人一呼に脈三動一吸に脈三動して躁、尺熱するを病温と曰い、尺熱せず脈滑なるを病風と曰い、脈濇なるを痺と曰う、玄臺の此の説は熊宗立と同じ、張世賢の前後を分かちて尺寸と為し大小を寒熱と為すは非なり、当に六至の脈は熱ありて寒なきを知るべし。脈訣刊誤に云う、難経に曰く前小後大前大後小、其の前後は尺寸を以て論ずるなり。一呼四至一吸四至、已下八動の脈を論ずるなり。評林に曰く、此れ一息十至の脈を言う、或いは夜に困む者あり或いは昼に困む者あり、夫れ一息十至は即ち帰墓の脈なり、若し十至の中に沈細を見わすは是れ陰の極、夜を主どり必ず病を加う、若し十至の中に浮大を見わすは是れ陽の極、昼を主どり必ず病を加う、但だ沈細浮大の中にして乍ち大乍ち小ならざる者は危うしと雖も亦た治すべきあり、蓋し胃気尚お存する故に脈猶お平和なるのみ。再呼一至再吸一至、評林に曰く、張世賢の一息一至の脈と為すは則ち訛なり、此れ二息二至の脈にして其の人必ず当に死すべきを言うなり。上部に脈ありて下部に脈なし、本義に曰く、此れ又た脈の有無を以て上下部の病を明かすなり。
針對《本義》十五難開頭承前難的夾註,引用評林等講解前曲後居、脈遲速及上下有無脈的聽講記錄。稱前後不是寸尺而是脈始末;據評林引岐伯一呼一吸脈三動而躁,尺熱爲溫病,尺不熱脈滑爲風、澀爲痹。認爲玄臺同熊宗立,而張世賢以前後分寸尺、大小分寒熱爲誤,六至脈有熱無寒。一呼四至一吸四至以下論八動,一息十至爲致死“歸墓脈”;沉細是陰極,夜間加重,浮大是陽極,白天加重,但若無大小不定之亂,胃氣尚存、脈平和,即使危險也可能可治。批評張世賢將再呼一至再吸一至解爲一息一至,實爲二息二至,稱其人必死;並引《本義》上下部脈的有無用來辨上下部病之說。
針對滑壽本義十五難開頭夾註(前曲後居、脈遲速、上下有無脈,承前難),引評林、《脈訣刊誤》《本義》等講解的聽講抄(rb00008889、rb00019981同系)。批評張世賢說,討論一息十至歸墓脈、胃氣有無與預後及二至死脈。
出處:《難經達言》三卷(上中下)(版本rb00019982、rb00004588、rb00004589,達言作者,日本刻本,以按語爲主)
十五難曰、經言春脈弦、夏脈鉤、秋脈毛、冬脈石、是王脈耶、將病脈也。然、弦鉤毛石者四時之脈也……此四時之脈也。〔按語〕四藏之脈各形而至、莫不至兩手三部而然、主其時而知變、謂之規矩權衡。内經以至難經、見天成於人道、千古聖人之法不可易、言之以後人之言而爲支離於六部、密排高下之際、紊四時於三指、立之法而從則無所觀乎聖人。……曰氣之來、曰脈之來、一息之中致有天倪、緼緼之眞與中焦之和、散於肝而通於心而濡於脾而高於肺而下於腎者、跳然而出、婉然而入。胃者水穀之海、主稟四時、皆以胃氣爲本、是謂四時之變病、死生之要會也。〔按〕五藏者皆稟氣於胃、胃者五藏之本也、藏氣者不能自致於手太陰、必因於胃氣乃至於手太陰也。眞藏論曰、脾脈者土也、孤藏以灌四傍者也、善者不可得見、惡者可見。
十五難に曰く、経に言う、春脈は弦、夏脈は鉤、秋脈は毛、冬脈は石、是れ王脈なるか、将た病脈なるか。然り、弦鉤毛石は四時の脈なり……此れ四時の脈なり。〔按語〕四蔵の脈は各おの形れて至り、両手三部に至りて然らざるはなし、其の時を主どりて変を知る、之を規矩権衡と謂う。内経より難経に至るまで、天の人道に成るを見わす、千古聖人の法は易うべからず、之を後人の言を以て六部に支離し、高下の際に密排し、四時を三指に紊し、法を立てて従わば則ち聖人を観る所なし。……気の来たると曰い、脈の来たると曰う、一息の中に天倪あるを致す、緼緼の真と中焦の和と、肝に散じて心に通じ脾に濡おい肺に高く腎に下る者、跳然として出で、婉然として入る。胃は水穀の海にして四時を主稟し、皆胃気を以て本と為す、是れを四時の変病、死生の要会と謂うなり。〔按〕五蔵は皆な気を胃に稟く、胃は五蔵の本なり、蔵気なる者は自ら手太陰に致すこと能わず、必ず胃気に因りて乃ち手太陰に至るなり。真蔵論に曰く、脾脈は土なり、孤蔵にして以て四傍に灌ぐ者なり、善なる者は見るを得べからず、悪なる者は見るべし。
日本刻本,特色爲正文間插入長篇自說按語。稱四髒脈各現形至兩手三部,主其季而知變化,謂規矩權衡。從《內經》至《難經》,天理現於人道,千古聖人之法不變;批評後人將脈細分六部、上下繁列、將四時亂於三指,立法遵循反失聖人本意。所謂氣來脈來,一息之間有天之分界,渾然真氣與中焦之和散於肝、通於心、潤脾、升肺、降腎,躍出婉入。胃是水谷海主四時,皆以胃氣爲本,是四時變病、生死關鍵;五臟受氣於胃,髒氣不能自行至手太陰寸口,須依胃氣。又引《真藏論》脾屬土、爲孤髒以灌四旁,善脈不見、惡脈才見之說。
正文間夾長按語的論說型日本刻本,以四髒脈爲規矩權衡,批評後人分脈六部、亂四時於三指而失聖人本意。強調胃氣爲五臟之本,髒氣賴胃氣才達寸口,並引《真藏論》孤髒脾,以強烈論調展開胃氣中心脈理。
出處:《難經管窺精義》(版本rb00004582,作者未詳,夾雜日語的精義)
十五難、脾脈平和、精義第二十。十五難曰、脾者中州也、其平和不可得見、衰乃見耳、云云。〔精義〕素問天元紀・玉機眞藏論ニ平脾脈長夏脈ヲ説ク、此脾ノ平脈モ見ルベキト疑ヒ、越人ニ毫モ不合ニ似タリ。審ニ奧旨ヲ察スルニ各深意アリ、越人ハ四時ヲ主トシ云フ、素問ハ五行ヲ主トシ云フ。夫レ四時ヲ以テ論ズレバ、春夏秋冬ニ於テ弦鉤毛石ノ四脈ヲ見ハス、脾ノ脈專ラ四脈ノ中ニ寄寓シテ專ラ其脈ヲ見ハサズ、是越人脾ノ平脈不可見ト云者也。又五藏ヲ以テ論ズレバ、心肺肝腎上下分レ、脾土其中ニ居ス、一歳ヲ以テ云フトキハ長夏ハ金火ノ間ニ居シテ土ノ事主ナリ、和緩ノ象ヲ形容スベシ、是素問平脾脈長夏ノ脈ヲ説者ナリ。二經ノ説殊ナリト云ヘドモ其義悖ラズ、參看テ其理ヲ明スベシ。
十五難、脾脈平和、精義第二十。十五難に曰く、脾は中州なり、其の平和は見るを得べからず、衰えて乃ち見るるのみ、云云。〔精義〕素問の天元紀・玉機真蔵論に平脾脈・長夏脈を説く、此れ脾の平脈も見るべしと疑い、越人に毫も合わざるに似たり。審らかに奥旨を察するに各おの深意あり、越人は四時を主として云い、素問は五行を主として云う。夫れ四時を以て論ずれば、春夏秋冬に於て弦鉤毛石の四脈を見わし、脾の脈は専ら四脈の中に寄寓して専らには其の脈を見わさず、是れ越人が脾の平脈は見るべからずと云う者なり。又た五蔵を以て論ずれば、心肺肝腎は上下に分れ、脾土は其の中に居す、一歳を以て云う時は長夏は金火の間に居して土の事を主どるなり、和緩の象を形容すべし、是れ素問が平脾脈・長夏の脈を説く者なり。二経の説殊なりと云えども其の義悖らず、参看して其の理を明かすべし。
以“精義”討論脾脈平和的一段,夾雜日語。提出疑問:《難經》說脾居中央,平和脈不顯、衰才顯,而《素問·天元紀論》《玉機真藏論》講平脾脈、長夏脈,似乎脾平脈也可見,與越人不合。解答稱深察各有深意:越人以四時爲主,《素問》以五行爲主。按四時,春夏秋冬現弦鉤毛石四脈,脾只寄於其中,不獨立顯現,這就是脾平脈不可見。按五臟,心肺肝腎分上下,脾土居中;一年長夏居金火之間主土用,現和緩之象,即《素問》平脾、長夏脈之說。兩經雖說法不同而義不矛盾,應對照明理。
以脾脈平和爲主題、夾雜日語的精義,調和《難經》脾平不見而衰才現與《素問》長夏平脾脈的矛盾:越人主四時,脾寄於四脈不獨見;《素問》主五行,脾爲中央土於長夏現和緩象,兩經之義不悖。
出處:《難經或問》二卷附一卷(版本rb00004599,作者未詳,問答體)
十五難、論四時之脈與内經不同、他無大異、而獨肝平脈與内經大不同。難經曰、氣來厭厭聶聶如循楡葉曰肝平、内經厭厭聶聶如落楡莢曰肺平、其言雖少異、所譬諭實同也。難經之譬諭於肝脈是者、内經之譬諭於肺脈非也。以何之譬諭爲當乎。對曰、恐難經所述肝肺之平脈其言前後錯簡歟。蓋肝平者和中帶微弦也、言厭厭聶聶如循榆葉則有輕浮潤滑之意而可象肺脈微毛之體、靄靄如車蓋之益大則其脈圓滑舒張而有帶微弦之體而象微毛不及。如此前後互看、則素難二經雖其言少異、於其理無異也。又問、鉤毛石之有實虛既是病脈也、然又重說一之病脈者何謂也。曰、虛實之脈者猶言強弱、其氣自有太過不及、未失藏胃之和而生病者也。若中和之氣衰而其本脈見多、則爲四時之病脈也、若中和之氣全絶而特見本藏之脈者、爲四時之死脈也。
十五難、四時の脈を論ずるは内経と同じからず、他は大異なきも、独り肝平脈は内経と大いに同じからず。難経に曰く、気来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを肝平と曰い、内経は厭厭聶聶として落つる楡莢のごときを肺平と曰う、其の言少しく異なると雖も、譬諭する所は実は同じきなり。難経の肝脈に譬諭するを是とせば、内経の肺脈に譬諭するは非なり。何れの譬諭を以て当と為すや。対えて曰く、恐らくは難経の述ぶる所の肝肺の平脈は其の言前後錯簡ならんか。蓋し肝平は和中に微弦を帯ぶ、厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときと言えば則ち軽浮潤滑の意ありて肺脈微毛の体を象るべく、靄靄として車蓋の益ます大なるがごときと言えば則ち其の脈円滑舒張して微弦を帯ぶる体ありて微毛を象るには及ばず。此くのごとく前後互いに看れば、則ち素難二経は其の言少しく異なると雖も、其の理に於て異なるなし。又た問う、鉤毛石の実虚あるは既に是れ病脈なり、然るに又た重ねて一の病脈を説くとは何の謂ぞや。曰く、虚実の脈とは猶お強弱を言うがごとし、其の気に自ら太過不及ありて、未だ蔵胃の和を失わずして病を生ずる者なり。若し中和の気衰えて其の本脈の見わるること多ければ、則ち四時の病脈と為り、若し中和の気全く絶えて特に本蔵の脈のみを見わす者は、四時の死脈と為るなり。
問答討論《難經》疑點。問十五難四時脈近同《內經》,唯肝平差異大:《難經》以“厭厭聶聶如循榆葉”爲肝平,《內經》同類語爲肺平,措辭略異、比喻同,若一方對則另一方錯,孰是?答恐爲《難經》肝肺平脈前後錯簡。肝平和中微弦;如撫榆葉輕浮潤滑,適合肺微毛;“藹藹如車蓋、按之益大”圓滑而張、帶微弦,纔是肝象。對換則《素問》《難經》理合。又問鉤毛石有虛實已是病脈,爲何再論一層病脈?答虛實是強弱,氣有太過不及而髒胃之和未失者也可病;中和衰、本脈強顯爲四時病脈,中和全絕、只顯本髒之脈爲四時死脈,以中和之氣有無區分平病死。
問答體論《難經》疑義,重點在肝平錯簡:《難經》以厭厭聶聶如循榆葉爲肝平、《內經》爲肺平,認爲前後錯簡,對換肝肺平脈則兩經理合。又區分虛實強弱病脈與中和氣衰、絕所致病死脈,以胃之中和氣有無解釋平病死。
出處:《(由頤先生)難經考》(版本rb00004584,由頤先生)
十五難、或曰、難經謂春脈氣來厭厭聶聶如循楡葉曰平、素問人氣象論曰平肝脈來耎弱招招如揭長竿末梢曰肝平、又平肺脈厭厭聶聶如落楡莢曰肺平、越人以平肝脈與平肺同、有說乎。曰、越人探經旨而論之、蓋厭厭聶聶恬靜和緩之謂、實胃氣也。楡葉似山茱萸葉、滑澤、以脈言之濡弱輕虛而滑、端直而以長、此肝實胃氣之脈、雖曰如揭長竿末梢、蓋長乎象長脈、末梢輕虛而和緩、以此象胃氣、文與經不同、理則一也、豈何疑哉。秋脈氣來藹藹如車蓋、按之益大以爲平脈、藹藹衆多皃、來疾之象、車蓋輕而虛之象、輕虛以浮則胃氣也。
十五難、或るひと曰く、難経は春脈の気来たること厭厭聶聶として楡葉を循づるがごときを平と謂い、素問の平人気象論に曰く平肝脈の来たること耎弱招招として長竿の末梢を揭ぐるがごときを肝平と曰い、又た平肺脈は厭厭聶聶として落つる楡莢のごとしと曰う、越人は平肝脈を以て平肺と同じくす、説ありや。曰く、越人は経旨を探りて之を論ず、蓋し厭厭聶聶は恬静和緩の謂、実に胃気なり。楡葉は山茱萸の葉に似て滑沢なり、脈を以て之を言えば濡弱軽虚にして滑、端直にして以て長し、此れ肝の実に胃気の脈なり、如揭長竿末梢と曰うと雖も、蓋し長は長脈を象り、末梢は軽虚にして和緩、此れを以て胃気を象る、文は経と同じからざるも理は則ち一なり、豈に何ぞ疑わんや。秋脈の気来たること藹藹として車蓋のごとく、之を按じて益ます大なるを以て平脈と為す、藹藹は衆多の皃、来疾の象、車蓋は軽くして虚の象、軽虚にして浮くは則ち胃気なり。
考證《難經》疑點,處理肝平與《內經》不一致。有人問《難經》以“厭厭聶聶如循榆葉”爲春平,《素問·平人氣象論》肝平爲柔弱招招如揭長竿末梢,肺平纔是厭厭聶聶如落榆莢,越人何以使肝肺平脈相同?答越人探求經旨,“厭厭聶聶”指恬靜和緩,正是胃氣。榆葉似山茱萸葉而滑澤,脈爲柔弱輕虛而滑、端直長,正是肝兼胃氣之脈。長竿末梢的長喻長脈,末梢輕虛和緩喻胃氣,文異理同,無須懷疑。秋脈“藹藹如車蓋、按之益大”,藹藹是衆多、來疾之象,車蓋爲輕虛,輕虛浮就是胃氣。
考證《難經》疑義,處理《難經》肝平等同《素問》肺平的問題。主張越人探經旨,厭厭聶聶爲恬靜和緩即胃氣,文異理同,不取錯簡說而作調和;藹藹如車蓋也解爲輕虛浮的胃氣象。
出處:《新編俗解八十一難經圖要》(版本rb00003590,圖解者未詳,俗解)
十五難、四時胃氣之圖。春肝、萬物始生・未有枝葉、來如循長竿・益實而滑、弦―微弦―弦多―但弦。夏心、萬物既茂・垂枝布葉、來如連珠・前曲後居如操帶鉤、鉤―微鉤―鉤多―但鉤。四季脾、脾象中州脈之平和不可得見、水穀之海、來如雀之啄・如水之下漏、脾―無胃氣。秋肺、萬物萎落・華葉而落、不上不下如循鷄羽・按之蕭索如風吹毛、毛―微毛―毛多―但毛。冬腎、萬物之藏・水凝如石、來如解索去如彈石、石―微石―石多―但石。(別に五藏正色臭味形數藏府之圖を掲げ、肝は東・震・木・青・呼・酸・怒・筋・目・三八、心は南・離・火・赤・苦・笑・血脈・舌・二七、脾は中央・坤・土・甘・思・歌・肌肉・口・五十、肺は西・兌・金・白・辛・悲・皮毛・鼻・四九、腎は北・坎・水・鹹・恐・骨・耳・一六を配す。)
十五難、四時胃気の図。春の肝、万物始めて生じ・未だ枝葉あらず、来たること長竿を循づるがごとく・益ます実にして滑、弦―微弦―弦多―但弦。夏の心、万物既に茂り・枝を垂れ葉を布く、来たること連珠のごとく・前は曲がり後は居して帯鉤を操るがごとし、鉤―微鉤―鉤多―但鉤。四季の脾、脾は中州を象り脈の平和は見るを得べからず、水穀の海、来たること雀の啄むがごとく・水の下に漏るるがごとし、脾―胃気なし。秋の肺、万物萎落し・華葉落つ、上らず下らず鷄羽を循づるがごとく・之を按ずれば蕭索として風の毛を吹くがごとし、毛―微毛―毛多―但毛。冬の腎、万物の蔵・水凝りて石のごとし、来たること解索のごとく去ること弾石のごとし、石―微石―石多―但石。(別に五蔵の正色・臭・味・形・数と蔵府の図を掲げ、肝は東・震・木・青・呼・酸・怒・筋・目・三八、心は南・離・火・赤・苦・笑・血脈・舌・二七、脾は中央・坤・土・甘・思・歌・肌肉・口・五十、肺は西・兌・金・白・辛・悲・皮毛・鼻・四九、腎は北・坎・水・鹹・恐・骨・耳・一六を配す。)
將十五難製爲一目瞭然圖式的俗解圖說本。“四時胃氣圖”並列春肝(萬物初生、無枝葉,脈如撫長竿、更實滑,弦→微弦→弦多→但弦)、夏心(萬物茂、枝葉垂,脈如連珠、前曲後居如握帶鉤,鉤→微鉤→鉤多→但鉤)、四季脾(居中央,平和脈不顯,水穀之海,脈如雀啄、如水漏,脾→無胃氣)、秋肺(萬物萎、葉落,脈不上不下如撫雞羽,按之蕭索如風吹毛,毛→微毛→毛多→但毛)、冬腎(萬物藏、水凝如石,來如解索、去如彈石,石→微石→石多→但石),圖示胃氣漸減而由平至病至死;並附五臟色、臭、味、數等對應臟腑圖。
俗解圖說本,以“四時胃氣圖”呈現十五難。逐髒並列季節、萬物象、平脈形容及死脈語,以弦→微弦→弦多→但弦等列表展示胃氣漸減、平病死轉移,並配五臟色臭味志體數之圖,幫助視覺理解。
第十五難問春弦、夏鉤、秋毛、冬石是正常旺脈還是病脈,答均爲順應季節之氣的四時脈。三種視角匯於一個道理:四脈首先是映照天地氣運動的鏡子,春木應萬物初生之柔伸而濡弱長弦,夏火應陽極盛而來疾去遲爲鉤,秋金應收斂而輕虛浮爲毛,冬水應閉藏而沉石。一年生長收藏的螺旋,轉譯爲指下脈象。診斷以季節脈爲基準,實強過度爲太過、病在外,虛微不足爲不及、病在內,由此判斷表裏虛實。區分預後的關鍵是胃氣:略帶季節特色而底有和緩滑潤水谷之氣爲平(生);季節脈強顯、胃氣少爲病;胃氣盡失,只剩弦或石的真髒脈(新張弓弦、解索彈石等)則爲死。不顯露的中央土即脾胃之和支撐四時,脾脈現爲雀啄、屋漏被視爲崩潰徵象。貫穿四時的胃氣之理,就是以一氣連接天地與人身的生死要會。
第十五難以春弦夏鉤秋毛冬石發問:是旺脈(王脈)還是病脈?回答皆爲四時脈,經歷太過(病在外)、不及(病在內)時,胃氣有無區分平病死。文獻學首先問出處:滑壽《本義》稱本篇“參錯”《素問·平人氣象論》《玉機真藏論》而成,葉霖、黃元御亦歸於兩篇。黃元御評語序略有顛倒;事實上,《素問》形容毛、肺平的“厭厭聶聶、如落榆莢”被越人用於春弦肝平,“如雞舉足”(《素問》屬脾病)、“藹藹如車蓋”(仲景屬陽結)也移位。日本刻本考證系《難經經釋》(版[14])逐項指出“今引爲肝平恐不合”“亦誤”,《輯釋備考》(版[13])引薛庭及新校正作同樣糾正。這是越人簡明約說、重新配置脈理的痕跡。
用字與異文方面,冬平脈“如雀之喙”(底本、本義本[15])在許多日本刻本作“如雀之啄”(版[1][2][6][14])。喙是嘴,取上大下尖之形;啄是啄食,對應脾死或不及脈,原義不同,“啄”傾向於誤字。春平脈底本作“氣來厭厭聶聶”,達言系(版[1][6][8])作“脈來”;《難經註疏》(版[10])解釋《內經》已說脈,《難經》改說氣,與越人以胃氣爲主的意圖相關。“太過”在《難経発揮》(版[2])一貫作“大過”;“王脈耶”在本義、經釋本作“王脈邪”(耶邪通用),鉤/鈎、榆/楡等異體也並存於版[5][12][13][17]。
版本譜系方面,《本義》一版本(版[4])開頭作“然者何謂也、然者四時之脈也”,缺“弦鉤毛石者”;《難經註疏》(版[17])作“是王脈也、然鉤毛石者”,有明顯漏刻“弦”字。《輯釋備考》(版[13])據《玉機真藏論》新校正刪“脈來”下“之”等字,甚至註明《聖惠方》有無“而”,體現考證態度。
注家譜系差異也影響理解。最早的呂廣從五行配屬說脈理,《難經註疏》(版[10])保存“腎狀法水……實牢如石”的呂氏佚文。宋代虞庶、丁德用把太過不及配於臟腑內外證;末尾脾脈段,日本刻本結語分爲“水向下漏”與“水流”(版[6])。虞庶解釋雀啄=不及、水下漏=太過,與《真藏論》水流=太過、鳥喙=不及的對應形成其獨特讀法。本篇既爲《內經》重編,多數異文不影響主旨,但喙/啄、氣來/脈來和脫字之別不可忽視。
第十五難問春弦、夏鉤、秋毛、冬石是正常旺脈還是病脈,並深入脈診實踐回答。臨牀上值得注意的是,它分三步呈現“各季平脈基準”“如何理解偏離”及“區分預後的關鍵”。
首先,作爲基準的四時脈應從指端觸感理解。春弦柔而細長,如撫弓弦;夏鉤來快去慢,前曲後居有張力;秋毛輕浮如撫羽;冬石沉而滑。它們對應季節陽氣消長,日本刻本《難経本義》的欄外圖(滑壽系統)用陰陽平等、怒張、斂降圖解,主張作爲臨牀尺度。同一人換季後正常脈象也會改變,所以冬季觸毛脈,便讀爲逆季節之變。
診斷重點是辨太過不及:脈氣實強過度爲太過,“病在外(表)”;虛微不足爲不及,“病在內(裏)”。同爲季節脈,反推手指之力強則偏表實,無力而沉則偏裏虛,可當場估量表裏虛實。虞庶、葉霖引《素問·玉機真藏論》,將夏太過連接身熱、膚痛,不及連接煩心、咳嗽等具體病能,可作爲由脈推病位病性的診法閱讀。
預後判斷核心是胃氣。略帶弦鉤毛石,底仍有和緩滑潤之調(水谷之氣)爲平(生);季節脈強而胃氣少爲病;胃氣全失、只有弦或石爲死。丁德用強調,四時脈單獨裸露,是胃氣消失的危險信號。新張弓弦、帶鉤、風吹毛、解索彈石等死脈描述,是失去底層柔和的真髒脈,在這一臨牀解讀中與其說是治療對象,不如說是提示判斷能力邊界的所見。
從補瀉配穴看,太過(表、實)則瀉以平息過盛之氣,不及(裏、虛)則補以養內,均以不損傷各髒胃氣爲前提。末尾脾脈告誡,健全中土不顯爲單獨脈象,現雀啄、屋漏時已是衰象,最後重申保護後天之本脾胃的臨牀分量。
第十五難問四時弦鉤毛石爲正常旺脈或病脈,答皆爲順應季氣的王脈。所論正是天人相應的基本理法:人體之脈如鏡子,映照天地氣的運動。
從理論看,四脈即五行生成消長。春爲東方木,肝應萬物初生柔伸而濡弱長弦;夏爲南方火,心處陽極盛,成來疾去遲之鉤;秋爲西方金,肺應萬物收斂,現輕虛浮之毛;冬爲北方水,腎受閉藏凝結之氣,成沉濡滑之石。一年生長收藏之氣的螺旋,轉譯爲指下脈象。滑壽說本篇參錯《素問》兩篇,四髒各應其象,也是爲說明這種氣的對應。
數理與氣論的核心是“以胃氣爲本”。木火金水四方之氣,須經中央土即脾胃和氣濡養,纔可無偏運行。因此微弦、微鉤,僅略帶季節特色才稱平。李駉用一分胃氣配二分髒氣解釋平脈,體現得中而養四的數理平衡。虞庶稱胃旺辰戌醜未、主稟四時,也表示土作用於四季交界、貫穿四行的配屬。
太過不及也可讀作氣之消長。實強太過,是陽氣外溢,故病在外;虛微不足,是陰氣內萎,故病在內。氣升降出入失度,直接呈現爲脈變。
結語稱脾脈平和時不可見,衰才現雀啄水漏。丁德用、葉霖指出的這一段,表達中央土=胃氣隱而支撐四時的宇宙論原理。不顯眼的中和纔是生命根基,顯露便是崩潰徵象。貫穿四時脈的胃氣之理,可稱爲以一氣連接天地人身的生死要會。
分歧主要涉及正文與配屬。第一,出處和結構:滑壽認爲參錯《素問》兩篇而成,黃元御評語序略顛倒。確有《素問》肺平毛脈之“厭厭聶聶”被移爲春弦等重新配置痕跡,《經釋》《輯釋備考》逐一糾正“作肝平不合”。第二,用字:冬平脈“如雀之喙”在多數日本刻本作“如雀之啄”,喙(嘴)與啄(啄食,脾死脈)不同,啄傾向誤字;氣來與達言系脈來之別,也關聯越人以胃氣爲主之意。第三,脾脈段:虞庶讀雀啄=不及、水下漏=太過,與《真藏論》水流=太過、鳥喙=不及作對照;日本刻本結句也分爲“水向下漏”和“水流”。